2007年08月04日

No.436 名馬ファイル vol.14

衝撃

ディープインパクト.jpg

次元が違う
負けたものは口を揃え、生まれてきた世代を呪ったろう
そう、あの馬は別格
観衆全てを魅了したその末脚は、まさに飛んでいるかのようだった

競馬史にその名を刻んだ英雄の名はディープインパクト
名前通り、深い衝撃をデビュー戦から魅せ付けたのである

デビュー戦で上がり3ハロンを33秒1で駆け抜け4馬身差の圧勝劇
2着は後に重賞3勝のコンゴウリキシオーをもってしても4馬身差、である

2戦目の若駒ステークスはまさに圧巻
最後方から直線で一気に駆け抜け5馬身差

次走、弥生賞では着差こそ僅かながらも2歳王者を退ける圧巻の競馬
このころからすでに3冠の期待を背負う、アイドルホースとなっていた

皐月賞では初めて鞭を1発放って2着に2馬身半差つけてまず1冠
ダービーでは史上6頭目となる無敗の2冠馬が誕生した
単賞支持率はハイセイコーの持つ記録を更新するほどの人気ぶりだ
秋緒戦、神戸新聞杯でもトウショウボーイのレコード記録を破り快勝
菊花賞、もはや敵なし3冠達成!

誰もが思い描いた理想の軌跡を、ディープは軽やかに駆け抜けた
その圧勝劇の数々に、観衆は息をするのも忘れて魅入ったのだ
サラブレットの理想像がここにある
競馬を知らない人でもディープの名は知っている
強い馬の登場は、これまで関心を抱かなかった一般大衆を巻き込んでいったのだ
その功績は計り知れず
この馬を超える馬は現れるのか?
名馬を超える馬は名馬から現れるのか?
2010年の初仔の活躍に、我々は期待を抱かずにはいられない
願わくば、子々孫々、その血を名前とともに伝えていってほしいものだ

重 賞 成 績
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2007年04月10日

No.361 名馬ファイル vol.13

寡黙な男の雄弁なる二冠

サニーブライアン.jpg

14年間、重賞を勝っていなかった大西の2つ目のタイトルはGIだった

中尾厩舎所属の忘れられた騎手は、30代半ばにして調教師試験の準備を考えなければならないほど勝てなかった
否、そもそも乗鞍がなかった
腕はあったが寡黙で口下手な大西は、乗鞍に恵まれなかったのだ

そんな中尾厩舎に、一頭の有力馬が預託された
サニーブライアンである

順調とはいかないまでも、ジュニアカップに勝ちクラシック路線へと進むことが出来た
サニーブライアンは、弥生賞で3着に入り権利をとる
しかし、続く若葉ステークスにも出走
初めての1番人気を背負ったが、逃げることが出来ず4着に惨敗した

1番人気馬で負けた

無名の大西は、大舞台の皐月賞を前に、馬主・宮崎から乗り代わりを告げられれば
従うほかになかった
しかし、宮崎は大西に手綱を任せ続ける
かつて、22番人気のサニースワローを2着に導いた大西を...
サニースワローの妹が産んだ初仔、サニーブライアンの手綱を任せられるのは
大西しかいないと...

11番人気
それが皐月賞でのサニーブライアンへの評価
若葉Sの4着は、逃げられなかったから4着、ではなく、
この馬の能力の限界を示すものだ、と認識されてしまったのである

サニーブライアンが逃げるだろう
だがあの程度の馬、直線で必ず捕らえきれる
皆そう思っていたに違いない

スタートのうまくないサニーブライアンにとって、大外枠からの発送なら、出遅れても外から馬群に閉じ込められることのない絶好の枠
メジロブライト、ランニングゲイル
2頭の人気父内国産馬が後方でもがくなか、サニーブライアンは気分よく逃げた
途中、テイエムキングオーがイレ込みながら競りかけてきたが、元々逃げ馬にしては
異質なほど気性が大人しいサニーブライアンは2番手でもじっくり折り合える
十二分に余力を残したまま、サニーブライアンは直線を先頭で駆ける
同じブライアンズタイム産駆のシルクライトニングが急追するも、クビ差まで
一冠目、皐月賞を鮮やかに逃げ切り戴冠

フロックだ

しかし、展開が味方しただけだと周囲は声高に主張する
運が良かっただけなのだ、と

「絶対に逃げます」
「1番人気はいりません。ほしいのは1着だけです」

大西は強気だった
フロック視する周囲の声を利用し、ダービーでは前は絶対に譲らないと主張したのだ
これに惑わされたのが後の逃げ馬、サイレンススズカの陣営である

「共倒れは避けたい。大西さんは絶対に引かないのなら、こちらが引くしかない」

周囲は大西の術中にハマっていったのである
そして、再び大外枠18番を引いた瞬間、大西は勝ちを確信したという
普通は逃げ馬にとって不利なはずの外枠も、
サニーブライアンにとっては勝利への後押しに他ならなかった

かくして逃亡劇は繰り返される
大西の思惑通り控えたサイレンススズカは折り合いを欠いている
怖いのはシルクジャスティス、とレース前に語った大西
大西はその未知なる末脚を恐れていた
しかしサニーブライアンにできることは逃げるだけ
府中の直線500m
ただひたすらに足を伸ばし、前を向いてゴール板を目指すのみ

完成、悲鳴、怒号、声援、そして馬券
全てが渦巻き飛び交いうねる府中の観衆の目の前で、フロック視した人々を
嘲笑うかのごとくサニーブライアンは逃げ切った

「これはもう、フロックでもなんでもない! サニーブライアン二冠達成!!」

大西は派手なガッツポーズと共にダービージョッキーとなった
重賞2勝目で夢のダービージョッキーに…
その胸に去来したものはどんなものであったのか?

「僕も騎手も馬主さんも、ダービーは連対率10割なんですよ」

かつて寡黙で口が足りないと言われた男は、そう言って笑った
そして菊も逃げる、と高らかに宣言する
今度はもう簡単には逃げさせてくれない
だが、この馬ならば…

しかし、骨折が判明し、三度の逃げは見られなかった
三冠全てを逃げ切るという夢は、夢で終わってしまった
これが競馬
無事であることが名馬の証
サニーブライアンは本当の意味での名馬足りえることはできなかったのかもしれない
しかし、皐月、ダービーを逃げ切ったレースはいつまでも色あせることなく輝き続ける

重 賞 成 績
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2007年03月17日

No.336 名馬ファイル vol.12

挑戦の日々

96 エリザベス女王杯.jpg

スペシャルウィーク、アグネスデジタルといった後の名馬を管理することとなる
白井寿昭調教師は、敢然と言い放った

エリザベス女王杯は来年古馬に開放されるから、その時獲れば良い

薄曇りに包まれた菊花賞
1番人気を背負ったのは牝馬ダンスパートナーであった

その白井に初めてのGIをプレゼントしてくれた馬もダンスパートナーである
笠松の刺客、ライデンリーダー、桜花賞馬ワンダーパヒュームらを相手に
後方から直線だけでまとめて差しきった
そのタイム 2.26.7
その年のダービーよりも早い、優秀なタイムであった

夏も彼女は休まない
ノネット賞、ヴェルメイユ賞とフランスのGIで善戦
帰国後、今度は牡馬ばかりの菊花賞に臨んだ

そんな型破りな彼女をファンは愛した
牝馬だとか、そういった枠組みを超えて走る彼女をファンは支持した
堂々の1番人気を背負って淀の坂に挑んだ

しかし5着

結果が全ての競馬
だが、彼女の挑戦は多くのファンの心を打ったに違いない
その翌年
明言通り、エリザベス女王杯を制することとなる

生涯、牝馬限定戦は連を外したことはない
いつも懸命に走り、常に善戦してきた彼女
しかし、引退レースとなった有馬記念を戦う力は残っていなかった

力燃え尽きるまで走り続けた彼女の勝利は4つしかないが
その多くのレースに焼きついた記憶は両手では足りない
不器用なまでのひたむきさ
その挑戦の数々は、後々まで語り継がれる偉業とも言えるだろう

ファンの望みはあと1つ
それは彼女の力を素直に受け継いだ仔の誕生を願うばかりである

ダンスパートナー.jpg


重 賞 成 績
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2006年12月13日

No.264 名馬ファイル vol.11

大王の祭典

キングカメハメハ.jpg

2004年5月9日
降りしきる雨を切り裂く馬蹄が轟いた
泥によって汚れた馬体は黒光りして見えるほど艶やかで
マイル経験の無さだとか、不吉な13の数字を背負ったゼッケンも関係ない

この一戦でその強さは計り知れず
際立った圧勝劇は未来へと続くものであり
皆この圧倒的な王の前に跪いた

王の名はキングカメハメハ
雨の府中であってさえレコードタイムをたたき出す
傲岸不遜とさえ感じられる威厳はまさしく王であった

マイルカップを平らげた大王の次なる獲物は競馬の祭典、ダービー

そこには皐月賞馬がいた
地方馬による初の栄冠を狙う馬がいた
何よりも、この日のために研鑽してきた馬たちがいて
栄冠を夢みる、選ばれし17頭がそこにいた

しかし、夢が叶うことは無い

この祭典は、王のために存在するのであり
王が王足らしめんが為ゆえの舞台であり
競馬史という壮大な歴史的系譜に、王の名を刻む儀式なのだ

風塵が競争生命の全てを賭けて叩き出したタイム
それすら遥かに上回る、圧倒的なパフォーマンスを見せ付けて
キングカメハメハ
幾頭もの夢を打ち砕き降臨

それは変則2冠という初めての歴史的快挙であり
新たな怪物誕生の瞬間であった

重 賞 成 績
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2006年11月27日

No.247 名馬ファイル vol.10

80年代最強の穴馬

ギャロップダイナ.jpg

誰もが我が目を疑い、勝者の名を確かめようとした

ギャロップダイナ

ゼッケンには確かにそう書かれていた
時が経つにつれ、これは現実なのだと認識する
確定
どうやら間違いではないらしい
皇帝・シンボリルドルフを負かしたのはこの馬だ

それは偶然という名の奇跡だったのか
それとも実力という名の必然だったのか
のちに間違いだったとわかったことだが、最初は皆前者だと思った

「あっと驚くギャロップダイナ!!」

実況・堺正幸アナが発した名フレーズが、翌日の新聞に踊る
この時、知る由もないのは当然だが、皇帝ルドルフを唯一後ろから差した馬となった

「社台から1頭も天皇賞に出走しないのはまずいだろう」

前走、条件戦にも敗れていたギャロップダイナは、そんな理由でGIに挑んだのである
しかもレコードタイムで勝ってしまった
17頭中、13番人気、単勝8820円
文句なし、掛け値なしの大穴であった

翌年、マイル路線を歩みだしたギャロップは1番人気に推された安田記念を快勝
天皇賞がフロックではなかったことを証明した
その後はフランスへ渡り、帰国後も天皇賞(秋)とジャパンカップを走るがいずれも大敗
とうとう引退レース、有馬記念では12頭立ての11番人気とブービー人気にまで落ちた

GI2勝馬に対し、ブービー人気とは失礼な

馬がそう言ったのかは定かではない
しかし、そうとしか思えない走りを再び披露してのけた
暮れの中山の大外を、ギャロップが1頭、もの凄い末脚で駆けて来る
先頭を行くダイナガリバーに、あと半馬身
そこがゴール
3度目の勲章には届かなかったが、観衆はまたしてもあっと驚いた

この2頭の社台のホースは、共にノーザンテースト産駆
有馬記念の表彰式には、勝ち馬だけでなくギャロップダイナの姿も見え、観衆は惜しみない拍手を送ったのだった

重 賞 成 績
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2006年11月15日

No.233 名馬ファイル vol.09

橋口の血統

ツルマルボーイ.jpg

2004年、橋口調教師の目標は、ツルマルボーイをGI馬にすることだった

クラシックと縁のなかったボーイは、古馬になってから才能を開花
条件馬ながら格上挑戦で中京記念を勝ちGV制覇
その2ヵ月後にはGU、金鯱賞を勝つ
次はGI
しかし、その壁はとてつもなく厚かった

宝塚記念を2年連続で2着
天皇賞・秋も2着と勝ちきれぬ日々
とうとう03年は1つの勝ち星もあげられなかった

04年こそボーイをGI馬に
橋口氏の決意は固かった
父ダンスインザダークも母ツルマルガールも橋口が育てた馬
オーナーに頼みこんで実現した2頭の配合
その仔を勝たせるのは橋口の使命だったのだ

前年4着だった天皇賞・春は見送った
左回りが得意で、強烈な末脚をもつボーイには安田記念があうと見たのだ

鞍上は先週ダービージョッキーとなったばかりの安藤勝己
馬場は重馬場が苦手なボーイにはやや不安の残る稍重だった
しかし返し馬で安藤は安心した
これなら大丈夫...

レースは激しい先行争いの末にメジロマイヤーが飛ばしに飛ばした
末脚にかけるボーイにはおあつらえ向きの展開
直線に向くと、案の定先行勢にゴールまで粘りこむ脚は残っていなかった

安藤は冷静だった
なにもかもがスローモーションに映る視界の中、ラインが見える
迷うことなくそのラインへ馬を導く
そこは馬群のど真ん中
その馬群を捌く手綱は職人芸
そしてワンテンポ仕掛けを遅らせたその判断は的確だった
仮柵がとれたばかりのグリーンベルトは滑走路
ぽっかり空いた馬群の隙間を縫い、1本の矢となってボーイは突き抜ける

同じく末脚に賭けていた東京巧者、テレグノシス
馬群を突き抜けたツルマルボーイに対し、外目を走ったテレグノシス
その鞍上の判断が明暗をわけた
その差、クビの差
広い東京コースといえど、その小さなロスは接戦のなかで大きな差を生む
すなわち、そのクビ差は勝者と敗者との境界線
ボーイは常に敗者に甘んじて、その境界線を越えることはできなかった
しかし、カチリと歯車が噛み合ったこの瞬間、常であったその差は逆転
ツルマルボーイ、ついに念願のGI制覇なる
この時、すでに6歳馬
残り少ないチャンスをものにして得た勲章を手に、ツルマルボーイはダイタクリーヴァに続くサンデーサイレンスの孫としては2頭目となる種牡馬になったのであった

「ボーイの仔も必ず自分で手掛けます」

競馬は血統が織り成すドラマ
そのドラマを、橋口調教師は自らの手で紡いで行くことを誓った

〜 重賞成績 〜
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2006年10月17日

No.210 名馬ファイル vol.08

不滅の刃物

デュランダル.jpg

初のG1マイルチャンピオンシップ
1ヶ月前にオープンに上がったばかりだったデュランダルは、史上稀に見る大混戦となったゴール板を、差のない10着で通過した。
この時の鞍上は四位洋文
名コンビと謳われた池添は、この時ダンツフレームに騎乗していた

翌年
セントウルSで3着に食い込む
この時初めて手綱をとった池添は、その末脚の切れ味に驚きを隠せずにいた
この末脚を発揮することだけに専念しよう
池添はそのことだけを考えた

そして、本番スプリンターズステークス
池添は馬を、その末脚を信じ、直線まで最後方というポジション
過去、直線で最後方の馬が勝ったことなど1度もない

しかし、この馬の末脚は今までの常識などまったく通用しないシロモノだった

大外から残り14頭全てを斬ってふせる豪脚炸裂
これが引退レースだったビリーヴの花道を、僅か15cmの差で切り裂いた
まさに名刀の切れ味
中山の直線で弾けたその末脚に、観衆は度肝を抜かれた
その目は、信じられないものを見た、と丸くなる
あれは実力か? はたまた生涯唯一の大激走なのか?
初の重賞がG1というその実績のなさに加え、あまりにも見事な末脚だったため、フロックじゃないのか、という疑問符がついてまわる
ゆえに次走のマイルCSにおいても未だ低評価の5番人気
しかしこの名刀は、京都のマイルにおいてこそ真価を発揮するのであった

京都名物、第3コーナーの淀の坂
この坂の下りを利用してじわじわとスピードを上げ、直線大外一気の大まくり
1頭だけ時限の違うスピードでファインモーション以下を斬って捨てた
短距離界に現れた新星は、とうとう最優秀短距離馬に選出されるに至る
もう疑う余地はない
この馬は強い
この馬の末脚は本物なのだと皆が納得した

王者となった翌年からは裂蹄に悩まされながらの出走が続く
高松宮記念、スプリンターズSは2着に敗れるも負けて尚強しの内容
得意の京都、マイルCSでは死角なし
堂々の連覇を果たし、G1ばかりを戦い3勝をあげた

近年の短距離界において、不滅の刃物というその名の通り、丸2年間トップレベルに君臨し続けた王者・デュランダル
その姿が見れなくなって1年が経とうとしているが、未だ混迷極めている
名刀に続く短距離界のエースの誕生
誰もが待ち焦がれている名刀の後継者は果たしてどの馬か?
今年のマイルCSに期待したいと思う

重 賞 成 績
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2006年10月03日

No.198 名馬ファイル vol.07

最強の桜

サクラローレル.jpg

サクラローレル

同期には怪物がいた...
シャドーロールの怪物、ナリタブライアン
クラシックにて猛威を揮うこの怪物を止めるライバルはいなかった

ダービートライアル青葉賞にて3着に滑り込み、挑戦権は得た
しかし、球節炎を発症し、回避を余儀なくされる
ライバルの候補は候補で終わった

ナリタブライアンの名を知るものは多数いたとして
トライアル3着のサクラローレルの名を覚えていたものはどれほどいたかどうか?

結局怪物とは未対決のまま古馬となり、金杯にて初の重賞で祝杯を挙げる
一方、阪神大章典にてライバル、ナリタブライアンが圧勝
春の天皇賞は1強ムードに包まれるも、右股関節炎を発症しリタイア

ならばチャンスは巡ってくるか?
しかし、ローレルも両前脚骨折という、安楽死処分が検討されるほどの重傷を負う

ナリタブライアンがリタイアしたことを知っていたものがいたとして
サクラローレルがリタイアしたことを知っていたものがどれほどいたかどうか?
桜の季節を前にして休養となったローレル
我慢の時は続く...

翌年
ついに桜が花開く時が来た
それは阪神大章典にて平成の名勝負が繰り広げられた96年のこと

2強対決のムードに包まれた春の天皇賞にて3番人気に推されたサクラローレルは
直線、前を行くナリタブライアンを捉えると、一気に突き抜けた

ナリタブライアンが昨年獲り損ねた天皇盾
しかし、昨年獲り損ねたのはブライアンだけではない
安楽死処分寸前の骨折から立ち直ったローレルも、昨年をフイにした馬だったのだ

現役最強

ナリタブライアンが引退すると、その4文字はこの馬のものとなった
秋の天皇賞こそ騎乗ミスにより不覚をとる
しかし調教師、境勝太郎の念願であった有馬記念を圧勝
年度代表馬を手中にし、名実共に頂上へと君臨す

その後、再び骨折するも軽症も、影響は否めず
春の天皇賞連覇の夢はトップガンの急襲に遭い撃墜さる

しかし1番強い競馬をしたのはこの馬
1番強いのはこの馬
そんな思いを強くした陣営は、血統背景故に、かねてから抱いていた夢
フランスの凱旋門の夢を現実にすべく動き出す

しかし、右前脚屈腱炎を発症
体質の弱さと脚元の弱さ
2つの弱さを不屈の闘志と、陣営の努力で克服してきたローレルであったが
今度ばかりは引退を余儀なくされた

奇しくもライバル、マヤノトップガンも同時期に屈腱炎を発症
一時代を築いた両雄は、これほどの成績を上げながらも、志半ば、という言葉と共に引退となった

夢は大きく、現実は厳しく、されどロマンは仔へと引き継がん
その夢は仔に託された
最強のサクラから、次なる最強のサクラが産まれるのをファンは待ち焦がれている

〜 重賞成績 〜
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2006年09月19日

No.185 名馬ファイル vol.06

世紀の一発屋

ダイユウサク.jpg

ダイユウサク

一発屋といえば連想されるものはなんだろう?
私にはクリスタルキングの大都会
ル・クプルのひだまりの詩などが思い浮かぶ
ならば競馬界の一発屋と言えば?

それはもちろん、ダイユウサクが真っ先に思い浮かぶ

いくら手薄なメンバー構成であったとしても
伝統ある一戦にして格式高い有馬記念
おいそれとフロックなど起こらない、強い馬が勝つレースだった

それがびっくり
圧倒的1番人気であった1.7倍のメジロマックイーンを
ブービー人気の137.9倍のダイユウサクが差し切ったのだから驚いた

あれはなんだ?
ダイユウサク?
そんな馬いたか?

ざわめき揺れる中山競馬場
馬主さえも勝つとは思わず自宅で観戦
翌日、新聞には「世紀末を理不尽馬が駆け抜けた」と評された

まぐれか?
いやいや、まぐれで12年間も破られないレコードはたたきだせるはずもない
ツインターボ大逃げと、マックイーンのマクリでの超ハイペース
そんな展開もツイていたとは言うけれど
それが正真正銘、一世一代の大駆けであったとしても
これはまぎれもなく実力だったのだ
事実、マックイーンの競馬をした武豊は2着だったではないか

有馬記念を数日後の控えた調教師、内藤は夢を見た
5枠に入ったダイユウサクが、並み居る強豪を差し切る夢を
調教師という立場を忘れ、馬券をしこたまに買い込み億万長者となった夢を...

当日、本当に5枠に入ったダイユウサクの馬体は、これ以上ないほどピカピカで
まさに生涯に一度の究極の仕上がりだったと言う
勝算はあったのだ、最初から...

デビュー戦、ダート1800mを2分6秒7という大差のシンガリ負け
続く2戦目ですら芝1800mを2分ジャストでシンガリ負け
よくもまぁ、この時点で処分されなかったものである
そのつぶらな瞳と、人懐っこい性格が彼にチャンスを与え続けた

そして馬は応えたのだ
しょうがねぇなぁ、とチャンスを与えられ続けた馬は
しゃあない、1回だけだから、良く観とけよ
てな具合で、年末の大舞台、有馬記念で本気をだしたのだ

こんなことがたびたびあっては、馬券を買う身としてはやってられないが
たまにこんなことがあるからこそ競馬は面白い
さぁ、第二、第三ののダイユウサクはどの馬だ?

〜 重賞成績 〜
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2006年09月10日

No.175 名馬ファイル vol.05

直線に賭けた馬たち

1996DERBY.jpg 1996KIKKASHO.jpg

フサイチコンコルド & ダンスインザダーク

ヨーロッパに神の馬が現れたその翌年
日本でも神が舞い降りた

一条の闇を纏いし疾駆する一頭の馬
ゴールへ向かい ただひたすらに脚を伸ばす
鞍上、武豊の悲願であったダービー制覇という夢に向け
一完歩、一完歩
強い馬が強い競馬を魅せたと誰もが思った

しかし、闇を吹き飛ばす音速の末脚が大外から飛んでくる
たった2戦
たったの2戦で日本競馬最高峰のレースへと駒を進めたコンコルドは
一世一代の晴れ舞台で大仕事をやってのけた
強い競馬を魅せたダンスインザダークに対し
奇襲ともいえる力強い末脚は府中のターフでハマりにハマった

ノーザンダンサーの血を持たないが故に日本へやってきた父
そのサンデーサイレンスの仔、ダンスインザダーク
彼は皮肉にもノーザンダンサーの血を色濃く受け継いだ一頭の戦闘機に撃墜される

第63代東京優駿馬・フサイチコンコルド
府中のターフに神が舞い降りた





受けた屈辱は雪がねばならぬ
雪辱の秋

クラシック最後の一冠、京都・菊の大舞台
前哨戦から互いを意識した、特にダンス陣営はことさらに意識せざるをえなかった
そのコンコルドに見せ付けるかのような京都新聞杯
夏を越し、強い馬はさらにたくましくなって帰ってきた

同じ馬に負けることは許されない
王者の誇りすら感じさせる前哨戦

一方、順調さを欠く仕上がりの和製ラムタラ・コンコルド
しかし、レースでは負けられない

最後の菊の舞台は、互いのプライドを賭けた大一番であった

レースはダービーとは逆
コンコルドが前、ダンスが後ろの位置取り

しかし、ダービーとは違い一団となった集団
ダンスは馬群でもがいていた
絶対的不利な状況

直線、抜け出しをかけたコンコルド
その後ろをマークしていたもう一頭のサンデーの仔・ロイヤルタッチ
皐月で泣いたロイヤル
最後の一冠を譲れないのはこの馬とて同じ

その執念が実を結んだか
コンコルドを並ぶやいなや打ち落とし、頭ひとつ抜け出したロイヤルタッチ

しかし、その並々ならぬ執念はこの馬も
内から名手の手綱捌きで馬群を切り裂き、鬼人の如き追込を見せる
同じサンデーの仔にして譲れない武豊
ダンスインザダークが闇を切り裂き、文字通り飛んできた

後日、鬼脚と形容されたその末脚
それは夢や希望を全て飲み込み吹き上げる一陣の風だった
競争生命の炎、全てを燃え上がらせて、菊の舞台を駆け抜ける
その一瞬に魅せられた観客の大声援を背に受け
武豊は珍しく何度も力強く拳を振るい、ガッツポーズを見せた

フサイチコンコルド
ダンスインザダーク

両者の対決はこの2度のみ
しかし、その対決は見たものを打ち奮わせる歴史に残る名勝負であった

競争成績とおまけ
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2006年08月25日

No.157 名馬ファイル 外伝

奇跡を信じた軌跡

????????.jpg

トウカイテイオー


 それはまだ私が小学生の頃だ。
 父親は剣道家にして柔道家。そんな私の家には柔道場があった。
 姉は柔道が好きだったし、何より素質というものにも恵まれていた。
 まぁ姉の強さは私がこのブログで散々悲鳴混じりで解説していたのでおわかりのことだとは思う。
 実際小・中・高を通して県では一番強かった。

 一方、長男として産まれた私は、生まれつき喘息を患っており、体が弱かった。
 週に二、三度は体を壊し、布団の中で1日を過ごす生活。
 そんな中で、私の唯一の楽しみはラジオから流れてくる野球中継だった。
 その頃、実はまだ家にテレビがなかったのでラジオなのである。
 夜、ナイターをラジオで聴く父親。そのふすま1枚隔てた部屋に寝ていた私は、それを聴くのが何よりの楽しみだったのだ。
 光景は見たことがないが、関西独特のハイテンションな解説と、時折聞こえる歓声が好きだった。
 たくさんの人が夢中になる野球ってどんなんだ!
 ルールどころか野球をやっている光景すら見たことがないくせに、私は野球が好きになっていた。

 で、小学生3年生の夏。
 私の体は年とともに結構丈夫になってきた。
 そこで私は親に頼み込んで野球をやりたい旨を必死に伝えた。
 父は丈夫になってきた私を柔道か剣道で鍛えたい様子だったが、父にしてみれば元々体の弱かった私はガラス細工のように思えたのだろう。
 野球で体を鍛えることになれば、という前提のもと、私は野球チームに入ることを許された。

 さすがにその頃になると野球というものはどんなスポーツなのか知っていた――というよりむしろ、布団で過ごすことの多かった私はその間、野球の本ばかりを読んでいた。そのお陰で、野球のことを同年代の誰よりも詳しくなっていたと思う。
 でもやっぱり知識で得るものと体を使うことは別だ。
 だけど体を最初からどのように使えばその結果が得られるか、という知識の元に練習すれば上達は早い。
 いつしか投手を任せられ、5年生のときにはもう6年生を抑えてエースナンバーを与えられるに至った。

 が、この頃になると当初の約束どおり、柔道を本格的に習わせ始められた。
 野球は体を鍛えるという目的でチームに入ることを許されたから、反対できない。
 私はイヤでイヤで仕方なかったが、とにかく野球のための体力作り、と心の中で割り切って練習した。

 ――で、秋季大会も終わった6年生の秋、事件が起こった。

 柔道で投げ飛ばされた際、受身もとれず右肩から畳に叩きつけられ、粉砕骨折してしまったのだ。
 私は右利きなので、当然右肩を骨折したら投げられない。
 投手として、致命的な怪我だった。

 実はこの頃、シニアリーグからのスカウトと、父が薦める柔道部の強い中学校との間で私は揺れていた。
 これは自慢だが、小学生のとき、私は全国大会に出場する原動力となった投手だったからだ。
 私は甲子園に憧れていたので、硬球のシニアリーグに入りたかったが、父は柔道の道に進ませたかったようで、姉の通っていた中学へ進めと五月蝿かった。

 が、怪我で環境はガラリと変わった。
 右肩の骨折は思いのほか重く、完治する見込みはなかったからだ。
 野球をするには右肩は致命的。
 柔道をするにも右肩の故障は引き手の関係でこれまた治っても絶望的だったからだ。

 私はまたしても小さい頃のように布団で過ごす日々となった。
 その頃である。私の人生に、競馬が交わったのは……。
 私が興味をもった馬は、2度の骨折から復帰してきた馬だった。
 でも天皇賞では大敗していたらしく、人気はない。
 だが、その馬は勝った。その頃は知らなかったが、後にジャパンカップという大きなレースに勝ったということがわかった。
 だが続く年末の大一番、有馬記念ではまったくの見せ場なく惨敗。
 それを見て私はガッカリした。所詮、そんなもんなんだ、と思った。

 私は結局普通の、地元の中学校へ通うことになった。
 春になっても肩の痛みは引かず、野球も柔道もない日々。
 その頃の私と言えば、とにかくゲームをすることくらいしか楽しみがなかった。
 あとは新しく出来た友人とTRPGをしたり、本を読んだり、そんな生活だ。
 スポーツ、というものにはトンと縁がなくなってしまった。

 だけど、胸の内にはモヤモヤした感覚が消えない。
 不完全燃焼、という5文字がピッタリくる日々に思えてならなかった。
 だけど肩はうずくし、どうすることもできない。
 よくグレなかったよな、とか自分でも思う日々であった。

 で、またしても事件は起きた。いや、目撃した、というほうが正しい。
 年末恒例の有馬記念。
 昨年大敗したあの馬が、1年ぶりに出走していたのだ。

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 ――しかも勝ってしまった。

 力強く、しなやかに。
 芦毛の馬と並び、ステッキを揮うとぐんぐん伸びる鹿毛の馬。
 この頃、競馬のことを何も知らなかった昨年の頃と違い、ある程度の知識を得ていた私は、このレースの凄さがよくわかった。

 私は体の震えが収まらない。
 3度の骨折を経て尚勝った馬がいるという現実に。

 トウカイテイオー

 無敗の三冠馬、皇帝・シンボリルドルフの初年度産駆である。
 彼はこの奇跡と呼ばれた有馬記念での勝利で現役を引退してしまうことになったが、私の胸のモヤモヤに対する答えがそこにあった。
 馬だって頑張っている。
 その頑張りがきっと奇跡を生んだのだ。

 ――私も頑張ろう。

 全力で投げるには至らなくても、内野、ファーストなら出来る。
 左打者だった私だが、バットをスムーズに振るために左腕が主動の右打者として活路を見出すべく努力した。
 その頃活躍しだしたイチローにも憧れ、足を活かした好打者として活路を信じ、ひたすら走った。
 その努力が正しく報われたかどうかはわからない。
 高校を終え、少年の頃夢見た甲子園は夢のままで終わったからだ。
 トウカイテイオーのような奇跡の勝利を収めることはできなかった。
 だが、その軌跡には後悔はない。
 
 人のエゴで走ることを余儀なくされ、さらに三度の骨折を繰り返しても走り続けた馬、トウカイテイオー。
 何度折れようとも、力強く、しなやかなあの走りは蘇った。

 諦めないということ。

 大事な何かを教えてくれた名馬、トウカイテイオーは今も北海道の社台スタリオンステーションで頑張っている。
 諦めない彼は、これから先も頑張り続け、いつか親子3代にわたるダービー馬をだすかもしれない。


 競争成績
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2006年08月19日

No.149 名馬ファイル vol.04

輝き続ける一等星

Bega.jpg

ベガ

生まれつき脚が曲がっていたため買い手がつかなかった
お代はいくらでもかまわない、そんな声にも買い手がつかず
だが、彼女は周囲の予想を上回る結果を残したのだ

桜花賞、優駿牝馬

牝馬のみが手にしうる唯一のクラシックを2つとも独占
三冠をかけたエリザベスでは敗れたが、その評価が落ちることはなかった

翌年、骨折で引退し繁殖入り
仔は偉大なる母を超えるべく、また母の名を更に高めるかの如く走りに走った

初仔、アドマイヤベガはダービー制覇
二仔、アドマイヤボスはセントライト記念を
三仔、アドマイヤドンは6つのG1を制するに至る

2006年8月16日
くも膜下出血のため、輝き続けた一等星は遂に地に墜つ
しかし歴史は常に彼女を名牝として称え続けるだろう
競馬史を振り返れば、そこに燦然と輝く一等星に人々は魅入るだろう

ベガよ
競馬史に偉大なる功績を遺して逝ったベガよ
ドバイに散ったホクトと共に
先に逝った孝行息子、アドマイヤベガと共に
唯一の牝系として遺されたファルブラヴとの仔に血を託した今
父トニービンも眠る社台スタリオンステーションの墓地で今後を見守っていて欲しい
そして今は安らかに眠ってほしいと願う

我々は一等星の輝きを忘れることはない
今後も遺された星々たちが走り続ける限り
競馬史はより明るい未来へと照らし出されていくはずだ

 競争成績
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2006年07月24日

No.118 名馬ファイル vol.03

運の良い馬

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フラワーパーク

運の良い馬と悪い馬がいるが、フラワーパークは間違いなく前者であった

故障がちで入厩、放牧を繰り返した彼女がデビューしたのは3歳の10月末だった
新潟競馬場の未勝利戦で10着
その彼女が半年後にG1を制することになろうなど、誰も考えなかったはずだ

今まで1勝がやっとの仔しか産まなかった母
数え切れない牝馬のうちの1頭にすぎない彼女
足元の弱い彼女を諦めても良い、と言われた調教師は首を横に振った

普通なら諦めても良いはずだ
牝馬なのだから、繁殖としての仕事がある
何度も骨折している馬なのだし、諦めても良いはずだ

だが、松元省一調教師は待ち続けた
その甲斐はあってか、2戦目で未勝利を脱すると、トントン拍子に彼女は出世
ついに栄誉を授かるに至った
高松宮杯では前走に続いてのレコードとなる2馬身半差の圧勝劇
三冠馬、ナリタブライアンに影をも踏ませぬ本物のスプリンターの誕生だ

続いて暮れのスプリンターズステークスは歴史に残るマッチレース
粘るエイシンワシントン、追うフラワーパーク
ゴール板でかろうじて馬体を併せたフラワーパーク
ゴール板で並ばれてしまったエイシンワシントン
5分たち、10分が経過しても結果がでない写真判定の結末は、たった1センチ
1着馬は優勝馬として歴史に名を刻まれる
しかし2着馬の名は残らない
1200mを走ってたったの1センチの差が明暗を別けた

未勝利のままひっそりと繁殖生活を送るかもしれなかった彼女を待った調教師
4歳の充実期にG1へと格上げされ、距離が短縮された高松宮杯
1センチの差で歴史に名を刻むことの出来たスプリンターズステークス
G1という頂点へと至る道は、時として運を手繰り寄せる力こそがモノをいうときがある
無論実力こそ必要だが、運がなければその実力は活かされない

フラワーパークは実力と、それ以上の運を兼ね備えた名スプリンターであった


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2006年07月17日

No.111 名馬ファイル vol.02

芦毛の怪物

オグリ.jpg

オグリキャップ

優しげな双眸を持った芦毛の馬は、怪物と呼ばれた
笠松から連勝街道を突き進むその馬の名は オグリキャップ

連勝に次ぐ連勝
しかしクラシック登録を持たないばかりに三冠の夢は閉ざされた
それゆえの秋の激闘
芦毛対決と銘うたれた3番勝負は、心躍るものだった
白い稲妻タマモクロスとの対決は、自身の強さを余すことなく引き立てあう
それはまさに、真のライバルといえる存在だった

地方出身馬同士のイナリワンとの壮絶なる叩き合い
絶望的と思われたマイルチャンピオンシップの最後の末脚
ホーリックスと共に記録した世界レコードのジャパンカップ
終わったと思われた引退レースの奇跡の復活、有馬記念
中山で、そしてテレビの前で一体何十万人の人が何度 「オグリ!」 と叫んだのだろう?

競馬の醍醐味をこれ以上ないくらいの感動で彩った
平成のアイドルホース・オグリキャップ

彼の存在は決して色褪せることなくいつまでも...
そう、永久に永久に語り継がれて行くだろう


競争成績とおまけ
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2006年07月09日

No.103 名馬ファイル vol.01

特別な馬

マヤノトップガン.jpg

マヤノトップガン

もどかしい日々が続いた
95年の年度代表馬の翌年は、宝塚記念こそ勝ったものの、勝ちきれぬもどかしい日々が続いたのだ
ライバルの3冠馬、ナリタブライアンをも凌駕し、一気に頂点へ
トップガンとは並ぶ間もなく、プライドを踏みにじられたオールカマーでの敗戦
駆け上がったサクラローレルの後塵を拝した有馬記念
翌年、凱旋門賞挑戦を打ち出したローレルに一矢報いねば収まらぬ陣営は、97年天皇賞・春に全てを賭けていた

もどかしかった――
年度代表馬になっても1番とは認められず

悲しかった――
馬群に沈んで行くトップガンを見ているのが

悔しかった――
あと少しが届かなかった天皇賞・秋が

羨ましかった――
同じ有馬記念のタイトルにも関わらず最強の2文字とともに賞賛されるサクラローレルが


そんなマヤノトップガンファンに、胸の空くような
これまで溜まりに溜まったフラストレーションを一瞬で晴らしてくれたのが97年、天皇賞・春
サクラローレル、マーベラスサンデーの2強をまとめて直線で差しきり、世界レコードを叩き出しての快勝

急襲、鬼脚、奇跡、世界へ

様々な活字が、このときばかりはトップガンへの美辞麗句となって紙面を踊った
その後、大目標のジャパンカップに向けての調整中に脚元の故障して引退してしまったが、先行抜け出しで戴冠した菊花賞に宝塚、絶妙のスローペースで逃げ切った有馬記念、そして直線一気の天皇賞・春
この異なる戦法で4つのG1タイトルを制したその偉業は色褪せない
毎年、毎月、毎週、毎日競馬が行われていようとも、どんなに時が経とうとも、ファンは決して忘れない


おまけ
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2006年07月08日

No.102 名馬ファイル開始

 実は私の管理するDOCOサークルHPにて、しばらくの間好評を頂いていた連載(?)、名馬ファイルを久々にじっくりと見てみた。

 http://derbyownersclub.hp.infoseek.co.jp/meiba.html

 むかーしむかしに書いた文章なので、今でもそうだけど稚拙な文章だなぁ、と懐かしくなる。
 でもみんなの大好きな馬のことだし、一所懸命、自分なりに思い出しながら、ときには資料をみながら綴っていった名馬たち、28頭。
 今、この名馬ファイルを、どうしようかなぁ、と迷っていたりする。
 そう、DOCOのサービスが終了する以上、このHPも閉鎖しようと思っているからだ。

 個人的に気に入っている文章は...
 Vol.04 ライスシャワー 〜最後のステイヤー〜
 Vol.10 ツインターボ 〜二分割の大逃走〜
 Vol.12 マチカネタンホイザ 〜善戦マンの日々〜
 Vol.14 サイレンススズカ 〜翼をもった馬〜
 Vol.15 グラスワンダー 〜新たなる戦いの舞台〜
 Vol.19 ジャングルポケット 〜無個性の強さ〜
 Vol.23 サッカーボーイ 〜不変の記憶〜
 Vol.24 シンボリクリスエス 〜有馬独演会〜
 Vol.26 アグネスタキオン 〜最強の許容量〜
 Vol.27 ファビラスラフイン 〜芦毛牝馬伝説〜


 の10個。10/27 も選ぶなんてどうかと思うけど、競馬ファンの人には見てもらいたいなぁ、とか思ったりする。
 ――が、もう半年以上も更新していないし、掲示板だって荒れ放題。
 こんなんで管理者、とかほざくのは、無責任野郎のレッテルを貼られそうで (つかもう貼られてる?) 声が小さくなってしまうのだが、これだけ頑張った名馬たちのファイルを捨ててしまうのはもったいない。
 つーわけで、このブログでも不定期連載として取り入れてしまえ、と思ったのが今日の昼飯にザルそばを食べながらフレのDOCOの記事を見ていた時だった。

 でもどうせなら新しく vol.01 から、加筆修正を行いながら書き出していこうと思う。
 つーわけで近日、再び名馬ファイルを再開します。
 記念すべき vol.01 は無論、あの馬です。

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