2007年06月12日

No.400 初めての願い事

 ネタがないので過去を綴ることにする。
 というか、ついさっきマキちゃんが、暑い日は海でよく遊んだと話していたのを聞いて思い出してしまっただけなのだが、ともかく今回は過去の話である。
 これまた例によって思い出すのも辛い、というよりおぞましい出来事なのだが、そこはぐっと堪えて書いてみようと思う。

 ――――――――――――――――――――――――――――

 夏の暑い日のことだ。
 父と母が法事で九州まで行かねばならないとか何とかで、私と姉は母方の親戚の家に預けられたことがある。
 そこはドがつくほどの田舎である私らの言えとは違い、ここはただの田舎であった。
 どの程度の違いがあるのかと聞かれれば、それは川の水質が違うというのがわかりやすいだろうか。

 うちは山奥のド田舎なので、川は澄んでおり、普通に飲めるほどである。
 沢蟹なんかが見られるので、その水質は保証済みといったところだ。

 一方、預けられた親戚の家の前の川は汚い。
 コンクリートで両側を固められて流れる水はやや濁っており、空き缶などの投げ捨てられたゴミが散乱していると言う有様だ。
 要するに、川というより広めの用水路といった風情で、大自然のド田舎しか知らない、当時5歳の私は、ゴミの多さに驚いたものである。

 しかし子供は遊ぶのに場所を選ばない。
 たとえ汚い川でも川である。

 夏の暑い日。
 少しの涼を求め、川で遊ぶのは自然な成り行きと言えるだろう。
 こうして私と姉、そして同年代の親戚の子らは川遊びに興じる。

 ・
 ・
 ・

 ――が

 私の5歳という幼少期は、非常に体が弱く、脆弱極まりない時期であった。
 慣れない親戚の家という環境に加え、ゴミの多い川に入ったということもあり、30分ともたず体調を崩して寝込んでしまったのである。

「なっさけないのぅ」

 寝ている私に言い放つ姉。

「ごめん、おねぇちゃん」

 そしていつも通りに弱弱しく謝る私。
 好きでこのような体質に生まれたわけではないのだが、迷惑をかけているのだから謝るしかない。
 いつもの姉なら、ここで容赦なく追い討ちの言葉を放ち、私の心を貫き、そして抉るのだが、ここは親戚の家。
 人目があったこともあり、姉は珍しく――というか初めて優しく言った。

「しょうがないな、何かしてほしいことあるか?」

 シテホシイコトアルカ?

 この言葉は電流となって瞬く間に私の体を駆け巡った。
 生まれて初めて姉が私の意見を聞いてくれるかもしれない!
 いつもは私の言葉など取り合うどころか、聞いてさえくれないのに!
 泣きそうになった。たったこの一言だけで私は感動のあまり泣き出しそうになった。
 しかし私が泣くと姉が不機嫌になることは 『身に染みて』 わかっている。
 ここはぐっと堪え、シテホシイコト というのを考えてみた。

「えっと、えっとな……」

「うん、なんや?」

 瞬間、脳裏に閃く先ほどの川で見た赤いヤツ。

「さっき川で見かけたザリガニを、もっと見てみたい」

 そう、その赤いヤツの名はザリガニ。
 あれはうちの近くの川では見れないものだ。
 沢蟹とか綺麗な小石とか、そういったものを集めて遊ぶしかなかったうちの近所の川と違い、あのザリガニという生き物は大きく、そしてハサミは雄雄しく強そうであった。
 あれを数匹捕まえて、水槽に入れて貰い見てみたい、と思ったのである。

「もっと見たいのか。よし、捕まえてきてやろう」

 姉はザリガニのハサミより雄雄しい拳を振り上げ宣言した。
 やっぱり姉は強い。その強さはこれまた身に染みてわかっている。
 ザリガニなんかすぐに捕まえてきてくれるだろう。
 そして水槽に入れ、私の好奇心をあっという間に満たしてくれるだろう。
 姉が私の頼みをはじめて聞いてくれたのだ。
 その行動力、強さは知るところである。
 すぐに叶えてくれるはずであった。

 ・
 ・
 ・

 ――が

「遅いなぁ、おねぇちゃん……」

 子供にとって5分は長い。
 特に何もすることがなく、寝ているしかない私にとって時間の経過は亀の歩みよりも遅いものに感じられるのであった。
 そしてそれが5分どころではなく、1時間、2時間経っても変化が無いとなれば、その呟きは当然である。

 ザリガニを捕まえてきてやる! と宣言して2時間。
 あの姉をして2時間経っても捕まえられないとは、ザリガニというヤツはそれほどまでに手ごわいヤツなのか?
 もしかしたら私はとんでもなく無茶なお願いをしてしまったのか?
 私はその願いを後悔し始めた。
 実際、後で後悔することになる。
 それは違った意味での後悔ではあるが……。

 ・
 ・
 ・

 5時間後。
 昼はすぎ、とっくに夕方。
 夕陽も傾き、そろそろ日も暮れ始めようかという午後6時半。
 安静にしていたお陰で少し体調も回復しつつあった私だが、心は未だにザリガニ捕獲に向かった姉への心配でいっぱいだった。

 5時間。

 5時間経っても姉が帰ってこないのだ。
 ザリガニ、なんという恐るべき存在。
 あの強い姉をして、5時間も捕まえられないとは……。

 しかしそんなハズもなく、本当に強いのは姉だった。

「弟よ! 待たせたな、捕まえてきたぞっ!」

 姉が声を張り上げながらどたどたと廊下を走って飛んできた。
 橋の下をもぐったのだろう。
 頭にはくもの巣がひっかかり、ズボンのみならず服からも水が滴るほどの有様。
 そのいかにも 『死闘の後』 といった様子の姉の姿に、私は息を飲んだ。
 
「こっちこい! 捕まえたから!」

 そんなことはお構い無しに私の袖を引っ張る姉。
 向かった場所は庭。
 そこに私が望んだザリガニがいた。

「ひぃっ!」

 ザリガニはいた。
 そう、何百匹も……。
 バケツ一杯では到底足らず、四杯のバケツに詰め込まれたザリガニの山! 山!! 山!!!
 あまりに多すぎて収まりきらず、脱出しようとあふれ出るザリガニたち。
 姉は強かった。――強すぎた。

 うじゃうじゃうじゃうじゃわしゃわしゃわしゃわしゃ。

 おねぇちゃん、アナタは底引き網で川を攫ったんですか!? と叫びたくなる。

「どや、 『もっと見たい』 というお前の願いをかなえてやったぞ!」

 もっと見たい、と言ったのは、『もっと近くで見たい』『もっと見ていたい』 という意味であって、数量のことではないんです! とは今更言えない、というか、うまく口が動いてくれない。
 この光景をなんと言えばいいのだろう?
 いくら見たいと望んだものでも、度を過ぎれば気持ち悪い。
 なにせザリガニの中にはハサミをつき交わし、共食いを始めるものまでいるのだ。
 私は恐怖に駆られ、泣き出した。

「どや、凄いやろ!」

 しかし、そんな私に気付いているのかいないのかわからないが、胸を張る姉。

「な、ななな何匹いるの!?」

 泣きながら聞いてみた。

「さあ? 50までは数えたんやけどな!」

 やっぱり誇らしげな姉。
 その心は達成感でいっぱいらしい。

「50!?」

 その途方もない数字に、しゃっくりをするかの様な声で応える私。

「おら、逃げンなやッ!」

 そう言って逃げようとするザリガニをひょいとつまみ上げ、山になったバケツへ戻す姉。
 そして共食いを始めるザリガニたち。

 恐怖だとか、地獄といった二文字でしか言い表せない、非現実的な光景だ。
 その光景に、さらに拍車をかけるようなことが起こった。

「あ……」

 逃げるザリガニを追い立てていた姉が、横にあったもうひとつのバケツに躓き、ひっくり返したのである。

 うじゃじゃじゃじゃじゃわしゃしゃしゃしゃしゃ。

 当然、ひっくり返ったバケツから庭いっぱいにあふれ出るザリガニたち。

「う、うわあああああああっっ!!!」

 私も逃げ出した。

「ど、どうしたの?」

 そこに騒ぎを聞きつけ親戚のおばちゃんがやってくる。
 私は思わずおばちゃんのエプロンにしがみ付き、庭を指差し助けをこう。
 おばちゃんが私のただならぬ気配に固唾を呑み、指差す方向、庭に視線をやった――その瞬間。

「い、いやあああああああっっ!!」

 あとで聞いた話によると、おばさんは甲殻類のエビやカニなどが、食べるのは勿論、見るのも嫌なくらい苦手なんだそうだ。
 だから悲鳴をあげて、後ずさり。

 どんっ!

 と私を突き飛ばして。
 しかも、庭の方向に……。

 病気がちで食も細い、貧弱で軽い私の体は、おばちゃんに力いっぱい突き放されて庭に転がり落ちて倒れこむ。
 ぐしゃっと私の背中で何かが潰れるイヤな音と感触。
 転がり落ちた私にいきなりよじ登り始めるおぞましい気配。
 そして、早速ハサミで威嚇し、挟んでくる好戦的なヤツもいて...

「痛いっっ! 痛いっっ!!! うあああんっ!! うわあああんっっ!!」

 私が暴れたので他のバケツも転がって、惨状は拡大していったのであった……。
 しかも――

「いやあああっっ! 誰!? こんなにザリガニをとってきやがったのはダレッ!?」

「おばちゃんどうしたん? 弟に頼み込まれて獲ったのは私だけど?」

「今すぐッ! 今すぐ川に放して来なさい! 早くッ!!」

「えー、無茶いうなやー(超投げやり)」

 ……そして、ダレも私を気遣ってくれないのでありました。
 私は散々ハサミに挟まれて怪我だらけ。
 翌日からはさらに体調悪化。
 親戚の家に預けられた3日間は、悪夢のような記憶として今でも鮮明に残っています……。

 ――――――――――――――――――――――――――――

「ザリガニなんか嫌いだよ。大嫌いだよ」

 マキちゃんも見た事が無い、というザリガニのことを聞かれたとき、私は断固とした口調でそう言うのでありました。

 でもエビは食べれます。一瞬詰まるけど、なんとか食べれます。
 だけど、殻付きの伊勢えびとかはちょっとご遠慮願いたいところです……。


posted by BlueTasu at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 過去 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お姉さん強すぎです。たくましすぎです。
我々の想像の、遥か彼方を突き抜ける、圧倒的な強さです。

ザリガニ数百が蠢く庭。
絶望でしか!
Posted by 荒屋敷零壱 at 2007年06月11日 23:49
 拝啓、荒屋敷零壱様

 もの凄く勘違いと言うか、謝らなければならないことがあります。
 この記事を書いた後、姉に

「そういえば昔いっぱい獲ってくれたザリガニ、何匹いたっけ?」

 と曖昧な記憶を確固たるモノにすべく確認をとったところ、

「50匹までは数えたが、最終的に80匹前後じゃないか」

 という返答を得ました。
 ……私の記憶の中では100匹を超えていたのですが、現実はそこまで棲息していなかった模様です。

 嘘、誇大などの苦情でJAROに報告するのはご勘弁を……。

 数量は訂正いたしました。
Posted by BlueTasu at 2007年06月13日 02:54
80でも相当な量です。
バケツ4杯で80てことは、1杯で20。
これがそこらじゅうで蠢いていたら、やっぱり恐ろしいと思います!
Posted by 荒屋敷零壱 at 2007年06月14日 00:04
 もうアレなので一言だけ。
 ……恐いとかそういうのではなく、あるのはただただ嫌悪感のみでした。
Posted by BlueTasu at 2007年06月18日 16:37
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。