2006年10月16日

No.209 旧友再会

 普段から当たり前のことが出来ないというのはどういう気持ちなのだろうか?

 例えば視力障害。
 今まで視えていたものがまったく視えなくなる。
 世界が暗闇に覆われ、日光の暖かさは肌で感じることが出来るが、その光はまったく届かない暗黒の世界。
 我々は普段から視力の良い悪いはあるにしても、意識せずとも景色を楽しんだり、テレビを観たり、信号が青に変わるまで待つことができる。
 だけど、いきなり目の前が真っ暗になったら?
 理解は出来るが、そうなった時の自分を想像することができない。
 だが、現にこの世の中には目の見えない人がいるのだ。

 例えば急に立てなくなったら?
 今まで普通に両脚で歩いていたのに、脚に力が入らず、まったく歩くことが出来なくなったとしたら?
 トイレに行きたいのに自由に歩くことが出来ない、すぐ手の届くところにあるテレビのリモコンがやけに遠く感じたり、階段を上り下りするのだって人の手を借りないとできなくなってしまう。
 理解は出来るが、そうなる自分を想像することが酷く困難だ。
 だが、現に歩けない人はこの世に存在する。


 私の中学の友人に、そんな障害を持つ奴がいた。
 ソイツは聴力障害で、耳が全く聴こえない。
 小学生の頃に聞こえなくなったらしく、以来、ずっと無音の世界で過ごしてきたという。
 一応補聴器を耳につければ、周囲の話す声や、テレビのアナウンサーが喋っていることを聴いたりはできる――が、その内容はさっぱりわからず、「ザーッ」という砂嵐のような音にしか聴こえないのだという。

 普段から何気なくテレビを観、音楽を聴き、ゲームを楽しみ、朝を目覚まし時計の鳴る音で目を覚ます。
 そんな当たり前の音が周囲から聴こえなくなってしまったら?

「もう慣れた」

 ソイツはそう言うが、それまでにどれほどの苦労をしたのか、私にはわからないし、想像することができないのだ。
 でもソイツはとっても気の良い奴で、いつも笑い、くだらない冗談ばかりを口にする、とても前向きな奴だった。

「会話するのにも筆談とかできるし、身振り手振りでも結構理解できるし、手話が分かる奴となら意思疎通も完璧だし、そんなに苦労しないよ。音楽とか聴けないのは残念だけど、ゲームはそれでも面白いし、映画も字幕なら楽しめるからな。それに車のクラクションに気付けなくても、俺は体が頑丈だから轢かれても全然平気だし」
「あかんがな!」

 そんな風に、自分のハンデを冗談にできるくらい前向きで、楽しい奴だった。ただ少し口は悪かったが。
 中学卒業後、彼とは疎遠になったが、私は彼が好きだったし、彼も気さくに話しかけてきた。放課後もよく遊びに行ったりしたものである。
 

 そんな彼と、今日偶然再会した。
 相変わらず遅くなってしまった仕事の帰り道、ジャンプを立ち読みしたかったので本屋に寄ったところ、数年ぶりだというのに変わらないソイツを発見したのである。

「よう、久しぶり!」

 彼は音が聴こえない。補聴器もつけていないので、背後からの呼びかけに応える事はできないというのに、私は帰り際だった彼を捕まえ、後ろから声をかけた。
 すると彼は振り返り...

「おお、Blue か!? 久々やなー」

 反応したのである。
 私はそりゃもうびっくりした。
 彼曰く、数年前に、まだ多少難はあるものの、治ったのだと言う。
 医学の進歩なのか、奇跡なのかはわからないが、とにかく事実、彼の聴力が戻ったのだという。

「良かったなー、おめでとう!」
「ああ、ありがとう」

 彼は恥ずかしそうに、でも嬉しそうな顔をして頭をかいた。

「好きなアーティストもできたし、世界が変わったわ」

 世界が変わった、と彼は言った。
 どんな風に変わったのか、私にはそれを想像することができないが、たぶんそれはとても素晴らしいことなんだろうな、と思う。
 そう思うと、本当に我が事のように嬉しくなった。
 仕事が遅く、憂鬱な1日だったが、その1日の終わりだけは本当に幸せを分けてもらったかのように心があったかくなった気がしたが、

「せやけど、Blue の声、初めて聴いたけど、オッサンやなー」
「やかましわ!」

 ――瞬間、冷めた。
 奴は昔から口が悪かったが、耳が聴こえるようになってから言語レパートリーが急激に増えたせいで、中学時代以上に口が悪かった。

「耳は良くなったみたいだが、口は悪くなったな……」

 私の嘆きの呟きは小さすぎたようで、彼には届かなかった……。

「タカのほうがオッサンやぞ!」
「あっはっは!」

 彼は中学時代とは変わらず、笑っていた。
 その笑いが、以前よりも本物の、心からのものであるように思えたのは、中学時代の彼に失礼かもしれないなぁ。

 その後、久々に意気投合してご飯を食べに行き、タカも電話で呼び出して昔話に花を咲かせ、楽しい1日となった。



posted by BlueTasu at 00:00| Comment(2) | TrackBack(1) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いい話!つか今までの中で一番いい話!スゲェいい!そういうヤツのマブダチとかになりたい。つかタフ!すげぇタフ!イカス!かっこいい!惚れた!

聞こえなかったものが聞こえるようになる瞬間ってどんなだろう。なんつか僕らが体験したことがある全ての幸せを超える幸せがそこにあったんだと思うよね。マジよかったな!ソイツ(名前わからんし(^^;。
Posted by クリス at 2006年10月17日 00:03
いつもコメントありがとうございます。
珍しくいい話だなぁ、と自分でも思いますよ。
ソイツは自分ってやつをしっかり持っていて、そういう意味で本当に格好いい男だと思います。強いんですよね、ハートが。

聴こえなかったものが聴こえるようになる瞬間。
本当に想像もつかないことなのですが、本人に聞いたところによると、「筆舌に尽くしがたい喜びだった」 と言ってくれました。
その一言に、色々と重たいモノを感じてしまいます。
当たり前のことができる喜び、幸せ。
五体満足で産んでくれた母に感謝ですよ。ほんと。
Posted by BlueTasu at 2006年10月17日 23:30
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