2006年09月21日

No.187 リアルコントは笑えない

 本当は課長が担当するはずでした。
 私は一介の平社員に過ぎないわけですし、こんなたいそれた役を私が仰せつかるなどということ自体が、すでに何かトラブルを予感させること必死な訳なのです。だからこれは私にやれ、と命じた人が悪いわけであって、決して私が悪いわけではないのです。
 まぁ百歩譲って、多少の責任は私にあったとしましょう。
 ですが、最終的な責任は、その命じた人に帰結するものだと思うのです。
 第一、私には無理だと、命じられた瞬間、明確に意思表示をしていました。
 なのに、人の意見を無視し、強行して私にこの大任を命じるのがいけなかったのです。

 ――ダラダラと最初に言い訳を書き綴りましたが、これはこれを読んでくださる人だけにはわかってもらいたいことなのです。
 そう、読んだ人全員が思うはずです。

 ――私は悪くない。

 その日、課長は親戚に不幸があったとかなんとか言い訳をぶちかまし、急に会社を休んでしまいました。
 さあ大変です。
 いやいや、通常の業務でしたら何も問題はありませんでした。
 何が大変なのかと申しますと、本日、さる企業の方がうちの工場へ生産ラインの視察に訪れることとなっていたのです。
 大変というのは数日前からわかっていたことなので、その案内には課長が勤めることと決まっていました。
 私たちは爽やかに 「課長、ファイト」 などと心にもない声援を送っていれば済むという、とっても気楽な立場だったのです。
 私たちにとって大変といえば、前々日から視察に来たとき、失礼のないようにと、普段ですらやらない大掃除を敢行したことくらいでしょう。
 どうせ3日もすれば汚れてしまい、元通りになるというのに、まったくもって無駄なことをするものです。エネルギーの無駄ですね。地球に優しくありません。

 ともあれ、その企業さんの案内を請け負っていたはずの課長が休み。これは事件です。
 一体誰が代役をやるんだ? そもそも課長は本当に不幸ごとがあったのか? つか残された俺たちの方が不幸だよ。まったくもう、あのヅラ野郎め! え、課長ってやっぱりヅラだったの? ああ、この間ズレてたのを見た。えー、うっそだー! などともう大変な騒ぎです。根本的に話題がズレていってるのは、課長のヅラのせいです。念のため。

 こういうとき、案内役というのは普通、本社の事務員がやるべきなのです。私たちは生産ラインを潤滑に運用しなければならない、という仕事があるのだから、そんな企業さんが来るからといって人手を割くことなんかできません。

 その旨を私は皆に言うと――そうだそうだ! 俺たちは大切な仕事がある。そもそも企業さんたちはその生産ラインの仕事ぶりを見に来るのだから、俺たちから人員を割くことなんてできっこなかったんだ。うん、お前、良いこというなぁ――と褒められました。みんな、自分がそんな役をやりたくなくて必死です。

「――いや、ちょっと待て」

 課長の次に偉い(と思われる)先輩が言いました。

「そういえば、この生産ラインに関係ない奴がひとりいたじゃないか」

 ――ああ、気付かれてしまいました。

 そうだ。Blue、お前は2階でPC使っているだけで、この1階の生産ラインとはまったく関係ないじゃん! そうだったそうだった。ちょうどいい、お前やれ。つか、もう決定。解決、良かった良かった。

 私以外の面々は、私に全てを押し付けてハッピーエンドを迎えていました。ツヤツヤとした良い顔色をしています。反面、唐突に指名された私は真っ青です。

「あかん、みんな落ちつけ! 俺にも仕事があるんだ! それに俺はこの生産ラインとは関係のない人間。そんな奴に案内を任してみんな平気なのか!」

 やりたくない。そんな企業さんのお偉方なんぞ相手にもしたくない。その一身で訴えかけました。必死です。だって、やりたくないんだもん!(超我侭)

 大丈夫。お前なら俺たちは安心して自分たちの仕事に専念できる。これで生産ラインを普段通り動かすことが出来るし、いざというときはそれぞれの担当に聞けば俺たちだって精一杯フォローするからサ。

 嘘ばっかりです。「〜サ」 という言い方自体嘘くささ120%オーバーです。
 皆、私という人柱を立て、ごっつ満足そうに解散していきます。
 ふー、一時はどうなることかと思ったゼ。私に押し付けられなくて良かったァ。皆の顔にはそう書いてあります。

 かくて、私はその企業さんのお偉方の案内役を賜ることとなりました。
 こんちくしょう、これで来期の査定が上がらなかったらヤメテやる。

 ・
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 お偉方を乗せた車が事故ったりして視察が中止にならないかな...などという小学生じみた希望は脆くも崩れ、昼休みも明けぬうちに企業さんの団体がお付きになりました。

「私が本日の皆様のご案内役を賜りました○○と申します。至らない点もあるかとは存じ上げますが、本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「うむ、君たちの普段通りの仕事ぶり、生産工程を見せてもらうよ。色々聞くかもしれんが、よろしく頼むよ、キミィ」

 一番前に扇子をバタバタとさせた偉そうなオッサンが、図体と寸分の互いもないでっかい態度で言いました。こういう奴が一番嫌いです。

 ――仕事仕事。

 割り切らなくてはいけません。
 口では殊勝に、心の中では舌を出しながらの案内が始まりました。もうなんというか、人生の中で一番忍耐というものを試されている瞬間のような気がします。

「こちらでこのように生地をCADシステムで入力したとおりに機械が裁断を行い……」
「こちらではこの機械にセットしまして、生地を何枚にも積み重ねていく工程を……」
「ここでは○○という商品のサイド部分を区分けして行っており……」
「この扉の奥では圧縮機がうんぬんかんぬん」

 生産に携わっていない私が、各所にある工場見取り図などを横目でチラチラと確認しながら、恐る恐る説明をしていきます。ハッキリ言って自分でも何を言っているのかわからないときがあります。
 そういう時は鋭い質問が飛んできたりして焦るのですが、そこらへんはうまく人を捕まえ、随所に補足説明を加えたりと、まぁ神経の使うこと使うこと。
 半分くらいを説明し終えたときには、肉体はともかく、精神的にはもうイッパイイッパイな状態でした。あーもうヤダ。
 つか、この説明をしている間、私の仕事は一向に進んでいないわけで、この案内が終わった後のことを考えるだけでも鬱になります。
 多分、今夜はかなり遅くなってしまうことでしょう。
 そもそも私の仕事は独立しているので、誰も手伝ってくれないしさ……。
 明日は休み、というご褒美がなかったらこんなオッサン、放り出しています。
 あー、でもイヤだ……サッサと終わらせて自分の仕事をしたい……。

 私の切なる悩みなどお構いなしに、他の社員は普段とほとんど変わらず、活発に動き回っていました。
 いつものように 「オラ、そこ邪魔だ!」 「おいこっち上がったぞ。流していいかー!」 「1分待ってくれ!」 「お前まだやってんのか。遅いぞ、30秒でなんとかしろ!」 などと威勢の良い声が飛び交っています。

「キミらの仕事場はうん、なんだ。そう、活気があっていいね」

 偉いさんが、私たちの汚い言葉遣いに少々眉をひそめながら、皮肉げなコメントを言いました。ま、いつもこんなもんです。はい。

 つか、本当にいつもどおりでした。まるでもう、偉いさんがたが視察に来ていることを忘れているかのように、早く帰りたい、早く終わらせたいの一身で仕事をしています。
 だからこそ、普段、そこに立っていてはいけない場所に人が突っ立っていたので、事件が起こったのです。
 彼ら、本当に視察に来ていることを失念していたようですな……。

 普段、両開きのスイングドアは、台車などで勢いよく開いたりするので、その周りに立っているとそのドアにぶつかってしまうので大変危険です。
 これは新入社員とかが、うっかりと突っ立ってしまったりして一度はやってしまう事故でした。

 偉いさんが仕事の邪魔をしないようにと、隅っこへ移動した瞬間でした。
 後ろのスイングドアが、それはもう物凄い勢いでぶち開けられたのです。
 台車で商品を持って仕事場を行き来しようとしていたのでしょう。
 いつもの勢いでスイングドアをあけてしまい、隅っこ――つまりスイングドアの前の方へ移動した偉いさんを狙い撃ちにしたかのごとく、ドアが情け容赦なく襲い掛かっていきました。

 メキッ!!

 物凄く鈍い音がしました。スイングドアが後頭部に直撃、という、普通あり得ないような箇所を器用にぶつけてしまったようです。

「ぐえぇ」

 なんか潰れたカエルのような悲鳴をあげて、扇子を持っていた一番偉そうなオッサンが、ドサリと前のめりで倒れました。

「しゃ、社長!!」

 へー、あの人社長だったんだ……。この時になって初めてあの偉そうなオッサンの役職がわかったのでした。いや、わかりたくなかったんですけどね……。
 ちなみに台車で突っ込んでいき、スイングドアの一撃で社長を K.O した勇気ある社員は、やり遂げた男の顔をして震えていましたとさ。

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 こうして、偉いさんの視察は 「社長が泡を吹いて倒れたため中止」 という前代未聞の事件により終了しました。
 いやー、私、よく我慢してこの大任を成し遂げたよなー。
 かなり自画自賛したい気分だったのですが、誰も褒めてくれませんでした。
 ま、当たり前か……。

 つか、明日、社長のお見舞いに行かなければならない、という余計な仕事が増えました。明日、本当なら休みだったのに……。今日も仕事がこの案内のせいで遅くなり、家に帰ったのが日付変更線を超えたあとだったというのに……。

 憂鬱です。はぁ……。



posted by BlueTasu at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
定期メンテを忘れてドップリ寝ていたクリスです。ども。つか自分で言うのもなんだけどペースが早すぎる気がするんだよねぇ〜。きむきむさんにひっぱられてる感も多分にあるんだけど。なんつかもっとスゲェだらだらやりたいぜ。ってそんなのは全くコメントとして不適切でしたね(^^;。

さて、お偉いさんのご案内とのことですが、自分は実家で働いているので、実質自分の上司、と呼べる存在はいません。強いて言えばお客様が神様でございますから、お客様に常に粗相のない接客を心がける、ということですが、ま、なんつーの?さすがに36年も商売人の息子やってると親から受け継ぐモノってのもあるわけで、、、小学生、中学生の頃から友達の電話に、

「○○と申しますが、○×様のお宅でしょうか。○△くんはいらっしゃいますか?」

などと営業トーク顔負けの挨拶を切り出して親御さんに

「○○くんは礼儀正しいねぇ」

と太鼓判を押してもらうような人間でしたので、ぶっちゃけBlueTasuさんの負担みたいなのがピンと来ないんだよね。だって「代理」であることを明確に伝えて、自分に出来る限り、そして自分の本来の職務内容を理解してもらえば、あとはある程度フランクでも許されるべきだと思うし、出来ることと出来ないことの線引きさえ明確にしておけば、多少の無礼は大丈夫だと思うんだけどなぁ。

ただ最後のトラブルだけは事前に唯一チェックしておくべきだった気もします。なんつか「ここのタンスは小指をぶつけやすい」という注意ですよね。とりあえず社長に大事がないことを祈らせてもらいます。マジで。
Posted by クリス at 2006年09月21日 11:14
クリスさん、コメントどーもです。返事遅くなってどんまいです。

えっと、ちと勘違いと申しますか、自分の言葉不足だったのですが、負担というのはちょっと違います。
こういった対応というか、案内役などといった接待役は私も得意とするところです。(なんせうちには機嫌を損ねると怖〜い人(?)がいますから。
何が負担だったのかというと、本文でもちょっとあったように、その責任の重さです。
私は工場の生産ラインに直接関わっているわけではなく、いつも2階で仕事していますからね。
案内役には最初から不適格なわけです。
代理です、ということは先方に言いましたが、私は普段は生産ラインには携わっていませんからあまり知りません、なんて言えなかったですよ。
そんな人間が案内役だなんて、相手方を馬鹿にしているようなもんですからね。

そんな風に、普段そこで働いていない私ですので、あのスイングドアで新人が怪我をする、みたいなくだりも、後から教えてもらったことです。
自分を自画自賛、というのは、知らない割にはよくやったよ、うん、という意味だったりします。

うむ、事実ですが、こうやって見ると頑張って言い訳してるなぁ、私。
それというのも、社長さん、物凄く怒っていたというか、怪我はそんなにたいしたことはなかったのですが、色々問題になってます。
はぁ……まぁ頑張るしかないですね。
そもそも生産ラインの1階は仕事場じゃないとはいえ、同じ社内のことを把握していなかった私にも責任があるといえばあるわけですから……。

どうしても三点リコーダーが増える事柄で鬱ですが、同じ轍は踏まない、という前向きな姿勢で今後とも頑張りたいと思います。

Posted by BlueTasu at 2006年09月23日 02:47
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