2006年08月31日

No.163 夏休み最後の日

 タイトル、夏休み最後の日、である。
 社会人として働いている私にとって、もちろん夏休みなどあるはずはない。
 ならばこのタイトルは何か? と問われれば、それは無論、高校生最後の夏休みを満喫していた弟と妹のことにほかならない。
 しかし今日は私も休みである。
 本を探したりゲームを探したりデートプランを練ったりと色々忙しい。
 私は眠気をこらえてベッドから這い出し、のろのろと着替えて出かける準備を整え、部屋を出た。

「お兄ちゃん、宿題手伝って♪」

 そこには満面の笑みを浮かべた 弟 が立っていた。
 一瞬、妹だと思った人、残念でした。(何が?)

 ここは無視して立ち退くべきである。
 夏休みという超長い休みがありながら、最終日までやるべきことをほったらかしにしておくなど言語道断なのだ。
 対して私の休みは今日のたった1日。
 断ればよい。断って1日の休みを満喫するのが利口というものなのだ。

「……何ができてないんだ?」

 だが、一応聞いてみた。こいつは一体私に何を求めるのだろうか?

「英語と読書感想文」

 どれだけあるのかと思いきや、意外と少なかった。

「英語と……読書感想文? 何、高3にもなって読書感想文とかあるわけ?」
「うん。で、アニ……お兄ちゃんには読書感想文を書いて欲しいなぁ、とか思うのですが!」
「……とりあえず、お兄ちゃんって言うのヤメロ。気持ち悪いから」
「えー、でもさ、妹が 『お兄ちゃん♪』 って頼むと断ったことないじゃん。それにあやかってみた」
「……俺、そんなキャラだったか?」
「胸に手を当てて思い出してみな。そんなキャラだよ」

 ……本当に胸に手を当てて考えてみたが、確かに断ったことがないような気がする。
 うん、断ったことないよなぁ……。

「……」
「というわけで、よろしく、お兄ちゃん!!」

 何が、というわけで、なのかサッパリわからないが、私の手元に読書感想文用の原稿用紙が10枚ほど手渡された。
 むぅ……。嫌がらせに官能小説の感想文でも書いたろかぃ、などとよからぬ考えが脳裏をよぎる。
 高校生が読書感想文に官能小説。なんというセンセーショナルな事件であろうか!!
 期せずして私の胸は躍る。寝起きの頭は少々どころか相当変であった。
 ――が

「はい、これ課題の本ね」

 ……ピンクな妄想は一瞬にして、『羅生門』と書かれた芥川センセイの本によって霧散した。現実って厳しい。
 つか、羅生門ってあれだろう。すっげぇ暗い話だったハズだ。

 解雇になっちゃった男が羅生門の下で途方にくれてると、老婆が死体から髪の毛を引っこ抜いていて、「生きるためだから仕方ないんじゃー」と言うから、「それじゃ俺も生きるために仕方ないよね〜♪」 と考えを改めて老婆の着物を剥ぎ取って去っていく。

 そんなどうしようもなくやるせない話だったハズだ。
 これの読書感想文か……。
 確かこれ、小学生のときにも書いた気がするぞ。

 思い出したが吉日。
 すぐ行動に移る私は、過去の残滓を漁り始める。
 そしてほどなく、うっすらと埃のかぶったダンボールの中に私が小学生の頃に書いた羅生門の感想文が出てきた。
 枚数にして約4枚の超大作だ。

「これを書き写せば楽だよな」

 そこにはこんなことが書かれていた。

『おばあさんは生きるためにしかたのないことだといってかみのけをぬくというつらい作業をしていたけれど、この男の人はなにもつらいことやくるしいことをせずに、おばあさんの着ているものをぬすむのはひどいとおもいました。
 人にはやってはいけないことと、やってもいいことがあるとおもいます。
 しんでいるひとからかみをぬくのはわるいことだけど、ぼくはしかたがないとおもいます。
 だけど、おばあさんからきているものをもっていくのは、ぜったいにやってはいけないことだとおもいます。

 この人はおねえちゃんといっしょだとおもいました

 最後、物凄い締め方で作文が終わっていた……。
 小学生の頃、私はこんな恐ろしい文章を書いていたのか……。
 よく姉の目にふれなかったもんである。

 私は最後の文面だけは変えずに、小学生然とした書き方を改めて清書しなおして弟に手渡した。
 弟はそれを読まずにカバンの奥にしまいこんだ。
 ……新学期、あの読書感想文はどうなるんだろう、と思いつつ、そのオリジナルとなった小学生の頃の作文を燃やして証拠を抹消した。

 完。



posted by BlueTasu at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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