2006年07月09日

No.103 名馬ファイル vol.01

特別な馬

マヤノトップガン.jpg

マヤノトップガン

もどかしい日々が続いた
95年の年度代表馬の翌年は、宝塚記念こそ勝ったものの、勝ちきれぬもどかしい日々が続いたのだ
ライバルの3冠馬、ナリタブライアンをも凌駕し、一気に頂点へ
トップガンとは並ぶ間もなく、プライドを踏みにじられたオールカマーでの敗戦
駆け上がったサクラローレルの後塵を拝した有馬記念
翌年、凱旋門賞挑戦を打ち出したローレルに一矢報いねば収まらぬ陣営は、97年天皇賞・春に全てを賭けていた

もどかしかった――
年度代表馬になっても1番とは認められず

悲しかった――
馬群に沈んで行くトップガンを見ているのが

悔しかった――
あと少しが届かなかった天皇賞・秋が

羨ましかった――
同じ有馬記念のタイトルにも関わらず最強の2文字とともに賞賛されるサクラローレルが


そんなマヤノトップガンファンに、胸の空くような
これまで溜まりに溜まったフラストレーションを一瞬で晴らしてくれたのが97年、天皇賞・春
サクラローレル、マーベラスサンデーの2強をまとめて直線で差しきり、世界レコードを叩き出しての快勝

急襲、鬼脚、奇跡、世界へ

様々な活字が、このときばかりはトップガンへの美辞麗句となって紙面を踊った
その後、大目標のジャパンカップに向けての調整中に脚元の故障して引退してしまったが、先行抜け出しで戴冠した菊花賞に宝塚、絶妙のスローペースで逃げ切った有馬記念、そして直線一気の天皇賞・春
この異なる戦法で4つのG1タイトルを制したその偉業は色褪せない
毎年、毎月、毎週、毎日競馬が行われていようとも、どんなに時が経とうとも、ファンは決して忘れない


――――――――――――――――――――――――


97年、天皇賞・春


競走成績 21戦8勝
獲得賞金 810,390,000円

1995年 JRA賞年度代表馬、最優秀4歳牡馬
〜重賞成績〜
95.菊花賞1着、有馬記念1着、神戸新聞杯2着、京都新聞杯2着
96.宝塚記念1着、天皇賞・秋2着、阪神大賞典2着
97.天皇賞・春1着、阪神大賞典1着



posted by BlueTasu at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 名馬ファイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
別の意味で忘れもしない天皇賞

ロイヤルタッチが直線で故障して
何が勝ったかもわからず青ざめてた記憶が
私的には苦い思い出ですw
Posted by チケット at 2006年07月09日 03:22
うわぁ、予想通りのコメント、申し訳ないです。
チケさんにはこのレースを語るのが辛いんですけどねぇ...やっぱりトップガンの最後のレースにして一番ドラスティックな一戦でしたから。

ロイヤルタッチは惜しくもG1は勝てませんでしたが、能力は非凡でしたね。
産駆の成績は小頭数ながらもトップガンより活躍してるもんなぁ……。
今年こそトップガン産駆のG1を!!

Posted by BlueTasu at 2006年07月10日 23:21
97年の春天…トップガンがゴールした後、余りの事に全身の力が抜けてしまい、暫く経ってやっと「あぁ、本当に勝ったんだ!」ってじんわりと喜びを噛み締めたのを思い出します。
何度見ても背筋が寒くなる様なあの直線…今思うと、あれはもう(勿論良い意味で)マンガの世界(笑)

我らが撃墜王よ、永遠なれ!!
Posted by 佐緒 at 2006年07月11日 14:11
佐緒さん、コメントありがとうです。

私も我が事のように喜びましたね。
全身が打ち震えるかのような、怒涛のような感動でした。
今後、競馬を見続けますが同じような感動を味わうことはできるのだろうか? と思います。
産駆に頑張ってもらうしかないですね。

最後の直線は上がり34.2秒ですが、前の馬が壁になった状態で一旦外に持ち出したりしていますので、実際は33秒台以上の脚を繰り出しています。
普通、あれだけ離されていたら届かない、諦めるところなんですけどねぇ。
背筋が寒くなるほどの末脚、というのは決して大げさではないと思います。
Posted by BlueTasu at 2006年07月12日 00:27
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