2006年04月19日

No.36 メンコをやめた日

 小学校で流行ったものってなんだっただろうか?
 私らの小学生時代の頃は、給食についていた牛乳のキャップの蓋による、メンコが一時期非常に熱かったのを覚えている。
 牛乳の蓋を慎重に慎重に、ソロリソロリと開けて乾かす。
 なるべくカドを作らないように開けるのがコツだ。
 カドがあったらそこを狙われ、すぐにひっくり返されてしまう。
 なるべくひっくり返され難い蓋を作るのにも没頭した。
 そして何故かひっくり返しやすい、攻撃力の高い蓋も存在し、そうしたエース級の蓋を作れたときの嬉しさも、未だによく覚えている。

 男子だろうが女子だろうが、給食後の昼休み、クラス全員でメンコ合戦に明け暮れた懐かしき日々。
 イジメ問題とかそんなものは一切なく、子供同士による無邪気なる日々。

 そんな熱き良き日々が終わりを告げたのは、一体何故だったか?
 ――それはアレによる仕業だ。
 あの仕打ちを忘れてはいけない。
 否、忘れることなど決してできないだろう。

 あの日、あの時、あの瞬間。
 それは今日という日付の、ちょうど十数年前の出来事であった。


 ――――――――――――――――――――――――


 4月19日はタカシという名の友人の誕生日であった。
 そのときの事件なので日付まで記憶していたのだ。

 タカシとは、そのときは特に親しいという間柄ではなく、単なるクラス替えで初めて一緒になった子、という間柄であった。
 私の家は結構広く、子供にとっては絶好の遊び場となる。
 例によって友人たちが私の家に大挙として押しかけ、その中にタカシという子がいた。

 数時間の間、鬼ごっこやかくれんぼなどといった定番の遊びに耽っていたが、どういう話の流れからか、今日がタカシの誕生日なのでお祝いをしよう、ということになった。
 とは言っても唐突に過ぎる。
 私は困ってしまったが、母にそのことを話したら精一杯のお菓子をだしてくれたので、一応形としてはしっかりとしたお誕生日会となった。

 今まで外で遊んでいたのだが、そういった理由で遊び場は自然と家の中へと移った。
 そして、取り出したのはやはりメンコ。
 牛乳ビンの蓋とはいえ、みんなにとってはこれは何よりの宝物なのだ。
 肌身離さず、遊びに行くときも、皆示し合わしたかのように持ってきていた。

 そしてメンコ大会が始まった。

 メンバーはたぶん7人くらいだったと思う。
 皆が各々に対戦しあい、わいわいきゃあきゃあと騒ぎながら遊んでいた。
 そう、和気藹々とした空気で遊んでいたのである。
 しかし、その心地よい空気は、唐突にそれが姿を現した途端一変する。

「なんや、おもろいことやっとるなぁ」

 姉である。
 このとき、中学生だった姉の身長は170を越えていた。
 そして逞しい二の腕、女とは思えないガタイの良さ。
 皆、姉を見たのを始めてだったのだが、一瞬にして直感するものがあったのだろう。
 口を揃え、後にこう証言した。

「とても危険な香りがした」

 その直感はまったくもって正しい。
 しかし残念なことに、危険を察知しても逃げ出すことは絶対にできないということだ。

「メンコか、懐かしいな」

 そう言われても、全員硬直したまま、姉の巨躯を見上げるのみだ。
 無理もない、こんな生物と出くわしたら誰だってそうなる。
 だが、こういうときに無言でいては姉の機嫌を損ねる。
 幼少時より姉の機嫌に敏感であった私はいち早く察知し、みんなを守るために勇気を持って前に出た。

「さ、最近、学校で流行ってんねん……」

「ほぉー。ここにいるみんなはどの程度の強さなんや?」

「クラスではみんな強いほうやけど……?」

「ほな、いっちょもんだろか」

 全員硬直した表情が、より固まった。
 明らかに不満である。
 同年代と遊ぶことが多い我々は、たとえ1年上の人であろうと、年上と遊ぶことに違和感を覚えるものなのだ。
 年齢が1つでも上ということは、それだけで強さの証である。
 ましてやあの姉だ。
 子供が大人に挑むようなシチュエーションなのだ。
 いや、それ以上の威圧感があの姉にはある。
 みな恐怖の面持ちで、「おい、どうする?」「あれ、マジで女か?」「あんな姉ちゃんいたんだね」とささやき合った。
 しかし姉は意に介した様子もなく、父の部屋にある本物のメンコを持ちこんでやってきた。
 牛乳の蓋ではない、本物のメンコだ。
 それは、ちっちゃな牛乳ビンの蓋に比べ、遥かにひっくり返し難そうであった。

「おら、かかってこいや」

 不良かあんたは。
 その迫力に圧倒され、全員が押し黙ったままである。
 しかし、その沈黙を勇気を持って破ったのは、タカシであった。

「そんなん卑怯や。牛乳の蓋がそんなんに敵う訳ないやん」

「やってもいないのになぜわかる?」

「そ、そんなん見たらわかるやんか!」

 そのセリフを皮切りに、子供たちの間で一斉に 「そうだそうだ」 などという反撃が始まった。
 私はその光景をまるで他人事のように眺めることしか出来ない。
 みんなわかっていない。姉がやるといったら、それは絶対なのだ。

「ほぉー、そしたらお前は見たらなんでもわかるんやな? お前の目はなんでも見通すんやな? そして勝てないとわかったら言い訳して逃げるんやな!」

 わけのわからない理論である。
 しかし姉の迫力ある言葉に、全員が一瞬にして沈黙を強いられた。
 恐ろしい、なんという恐喝じみた支配力だ。

「それに、これひっくり返せたら、このメンコやるわ」

「え? ほんとに!?」

 なんという物欲に弱い連中であろうか。
 そのときまで勝負を怖がっていた全員が、その瞬間に目を輝かせて飛びついたのである。

「よっしゃ、やったる!!!」

 早速、本物のメンコに挑む牛乳瓶の蓋。
 皆本気で、エース級の蓋をぶつけまくった。
 しかし、姉のメンコは小揺るぎもしない。
 所詮ひらひらの牛乳蓋だ、本物には敵わない。

「ほな、俺のばんやな」

 姉よ、一人称が「俺」なのはどうかと思います――などと一度言ったら「お前には関係ないことやろ、指図すんなや」 などと言われ、首を絞められたのでそれ以降は黙っている。
 それはともかく、姉の反撃の一撃。
 その巨躯がさらに大きく見えるほど上段に振りかぶり、タタミに並んだ牛乳蓋のメンコに影を落とす。
 身体全体を伸び上がらせ、そのバネのような筋肉が右腕に全パワーを送り込み、凄まじい勢いをもって打ち下ろす。

 ズッバァァァンッッ!!!

 炸裂ッ!!
 その一撃は神の鉄槌のごとし。
 ノーラン・ライアンも真っ青になるほどの剛速球。
 コンクリートを打ち砕く破砕音にも似た轟音と共にメンコは叩きつけられ、牛乳蓋は紙の如く――事実紙だが――くるくると回転して地上に堕ちた。
 周りには6枚の牛乳の蓋があったのだが、そのうち実に5枚がひっくり返っている。
 恐ろしい破壊力。
 容赦や手加減など一切ない一撃。
 姉は言った。

「裏返ったものは貰うで。さぁ、次こいや」

 勝てばメンコをもらえる、などという甘い誘惑はこの一撃で塵と化し、皆事態を察知した。
 

 このままでは皆殺しにされる


 全員の目が一斉に私の方に向いた。
 お前の姉だろう! なんとかしてくれ! 取り返してくれっ!
 そう目で訴えかけられているのが言葉を交わさずとも分かる。
 実際、このメンバーの中で一番強いのが私だったのだ。
 だが、この姉に勝てるはずはないじゃないか!
 みんな、こっちを見るな! 私はみんなの藁じゃない!
 しかし、状況は私に逃げるという選択肢を与えてはくれなかった。

「ほら? どうした? もう降参か? ああん?」

「まだや! まだ弟君がおる! 弟君は一番強いんや!!」

「ほぉ、お前がか」

 はい、ご指名……。
 逃げられません、絶体絶命。
 無理だ! 絶対無理だ!
 私はそう目で訴え返したが、全員痛々しげに目を逸らす。
 友達ってこんなものだよね……。

「おら、どうした? ワレが一番強いんやろが? チャンピオンなんやろーが? かかってこんかぃ、おぉ?」

 全員、中学・高校に上がった後でも、「あれほどのワルは見たことがない」と口を揃えて言ったほどの恫喝である。
 私は無論、全員が恐怖にすくみあがった。

 私は敵わないと頭では知りつつも、全身全霊をこめて姉のメンコに挑んだ。
 これまで多くの牛乳蓋をひっくり返してきた私のエースよ、応えろッ!


 ぺちん


 想いとは裏腹に、情けない音をだして私のエースは墜落した。
 無論、姉のメンコは揺るぎもしない。
 ……そして。


 ズドバアアアアンッッ!!!


 神の一撃は下された。
 しかし狙いは外れ、私のメンコが押しつぶされる形となって生き残っている。
 奇跡である。

「運のええやっちゃ。命拾いしおったで……まぁほんの少し伸びただけやけどな」

 背筋に流れる冷たい汗。
 私は恐る恐るエースを姉のメンコの下から取り出すと、それは無惨にもぺっちゃんこになっていた。
 圧縮機にかけられたかのようなペラペラさ。
 今まで指先で感じられたかすかな重み――これこそがエースたる由縁で、その重みが疾風のごとき一撃となり、数々の牛乳蓋をひっくり返してきたのである――もはやソレが感じられない。
 完全にエースの形状を変えられてしまったのだ。
 エースは生き残ったが、エースとしては完全に死んでしまったことに私は気付いた。

「おら、早く成功することのない反撃をせぇや」

 姉は急かす。
 一撃で仕留められなかったのがよほど悔しかったのだろう。
 余裕を窺わせているが、気配に敏感な私は姉の苛立ちを察知した。


 コノママ負ケテテナルモノカ


 最後の反撃。決心し、開き直った窮鼠の一撃。
 これを失敗すればもう勝てない。
 すでにエースは破壊されてしまったが、この瞬間だけでいい、蘇れ!
 そしてあの悪魔を倒す力を、この瞬間だけでいいから私にくれっ!
 私は先ほど以上の裂帛の気合を持って叩きつけた!




 ぺち




 わかっていた、わかっていたさ!
 敵うはずなんてないことを、わかってはいたさ!
 最後の一撃は、やはり無駄に終わった。
 あれほどの魂を込めた一撃も、まったく効かないのだ。
 こんなのは、ザクで白い悪魔に挑むようなものである。
 せめて赤くなければ、まったく相手にならないではないか!


「ふはははは、死ね!」


 姉の笑い声と共に、私のエースは空を舞い、地に堕ちた。
 その瞬間がスローモーションで私の目に映る。
 それはまるで交通事故に遭った光景に酷似していた……。

 ・
 ・
 ・

 夕陽が空を赤く染める。
 そして、一陣の煙が空を舞う。
 姉は、没収した私の牛乳瓶の蓋を燃やしたのである。
 まさに鬼の所業だ。
 みんなのはそれを免れたのだが、身内である私には容赦がなかった。
 私はマジで泣きながら燃やすのを阻止しようとしたが、姉の巨躯は文字通りささやかな抵抗を跳ね返し、むしろその抵抗を楽しむかのように、見せ付けながら火に焼べた。
 髪の毛が金色に変化するほどの怒りと悔しさと悲しみがこみ上げたが、どうすることもできずにただただ泣くしかなかったのである。

 ・
 ・
 ・

 それから、私はもうメンコをしようとは到底思えなかったし、あの日私の家に来ていた友人たちもそれを察してか、またあの恐怖を思い出してしまうためなのか、恐らく後者の理由でメンコをやめた。
 その日以来、小学生の頃一緒だった友人が、私の家に遊びに来たことはない。
 あの日を境に、良き時代、メンコの時代が終わりを告げたのである……。




posted by BlueTasu at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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