2007年07月27日

No.429 ただ願い、祈る

 出会いは雨の日だったらしい。
 ならば、サヨナラも雨の日だったということになる。
 出会いはお互い雨を避けるためだったらしいが、サヨナラのときは濡れることをためらいはしなかったようだ。

 お互い月日は流れて成長し、共に歩んできた。
 人生の大半を一緒に歩んできたのだ。
 だけど、こんなサヨナラはないと思った。
 その悲しみを癒すべく言葉は私は持たない。
 時が解決してくれることを待つのみ。
 ただ、それしかできないことを歯がゆく思うことは確かだ。
 そして、わずかだったとは言え、短いときを一緒にすごした私も一抹の寂しさは拭えないでいる。

 誰でもいい。
 この悲しさを癒すとまでは言わないが、和らげる手段があるならば教えて欲しい。

 ――――――――――――――――――――――――――――

 午前6時半。
 彼女――マキちゃんの日課はジョギングと散歩から始まる。
 千代大海関から名を貰い、チヨ太と名づけられた柴犬を引きつれ走るのだ。
 チヨ太の年齢は8歳。
 人間の年齢に換算すれば48歳くらいで、いい年したオッサン、というところだろうか。
 出会いは8年前、雨の日、偶然一緒に雨宿りをしたおばあさんと仲良くなり、生まれたばかりのチヨ太をもらったのだという。
 それから8年、共に過ごし走ってきたパートナーだ。
 走ることが大好きな彼女はチヨ太と共に、それこそ毎朝毎夕欠かすことなく共に走ってきた。
 本土へ、私の家へ来るときも一緒にやってきた。

 犬の寿命は平均15歳程度であることは知っている。
 なので、彼女が成人する頃、チヨ太は立派な老犬というわけだ。
 共に生き、共に死ぬということはないだろうし、別れは極力考えたくはないものの、あと5,6年もすれば現実になるかもしれないという覚悟ともつかぬ実感はある。
 ただそれは5.6年後の話であるわけで、今現在、そんなことを考える必要などない。
 ないはずだったのだ。

 しかし、事故は突然訪れるもの……。

 小雨程度ではいつもの日課は変わらない。
 6時半。
 今日も元気に彼女とチヨ太は出かけていった。
 そしていつも7時すぎに帰ってくる。
 毎日毎日、計ったような時刻に帰ってくる。
 だが、今日に限ってその時計に狂いが生じた。

 7時20分。

 食卓には朝ごはんが並んでいる。
 いつもならシャワーを浴びて小ざっぱりとした姿でご飯を食べる彼女なのだが、その姿が見当たらない。
 どうしたのだろう、と心配になり始めたそのとき、ようやく玄関が開く音。
 何かあったのか? と思い玄関へ行くと、真っ赤に濡れながら泣く彼女の姿があった。
 その赤は紛れもない血で、抱きかかえているのはチヨ太。
 その現実は察して余りある光景だった。
 聞けば、カドを急に曲がってきた車にチヨ太が跳ねられたらしい。
 しかもその車はそのままの勢いで去っていった。
 彼女は何が起こったのかわからなくて、ただその光景を呆然と見つめながら真っ白になった。

 8年だ。
 犬とは言え、まだ15歳の彼女にとって、人生の半分以上も共に過ごしてきた半身を失う。
 この喪失はどう埋めればよいものか?

 散歩の際、賢いチヨ太にほとんど綱をつけなかった。
 当日も、珍しく走ることを嫌がり動かないチヨ太に業を煮やした彼女は、チヨ太を置いといてトレーニングを始めたらしい。
 そしてその直後の事故。

 私のせいだ

 そういって自分を責める彼女になんと言葉をかけたらよいのか?
 私にはわからない。
 私はそんな言葉を知らない。
 私はそんな術を持たない。

 ただ時の流れが彼女を癒してくれることを願うのみ。
 そして今はチヨ太の冥福を祈るのみである。


posted by BlueTasu at 20:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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