2006年10月26日

No.218 無垢なる陰謀

 昨日の私はとても張り切っていた。
 中古とはいえ、新しいゲームを購入したのだ。
 シャイニングフォース・ネオをお腹いっぱいプレイするために、仕事を早く終わらせて帰りたい――そんな子供のような単純な理由ではあるが、私はいつにもまして頑張っていた。
 人は頑張ると、それに比例して疲れる。
 しかし、目的――現在で言うゲームをプレイする時間を捻出する、という明確な目的があれば、たとえいつもより頑張ったとしても疲れない。
 そう、確固たる意思があれば、疲れを感じないのだ。

 ――が

 今の私は非常に疲れていた。
 いや、燃え尽きた、という表現の方が正しい。
 なんというか、目の前の惨状に、私はただ立ち尽くすのみである。
 過ぎ去った嵐を、ただただ呆然と見送るしかないのである。
 その日、当然のように帰宅など許されず、会社に泊まりこんでの仕事となったのであった。

 ――話はその日の昼食後に遡る。

 午前からアクセル全開のフルスロット、42.195kmのフルマラソンを、スタートした瞬間から、100m短距離走のごとき勢いで突っ走るかのように突き進んでいた私は、午後の休息をいつものようにハルちゃんと過ごしリフレッシュ。
 その後、余韻に浸ることなくひたむきに作業を進めていった。
 周囲も私のひたむきさに感化されたかのごとく、静かに、黙々と己の仕事に没頭した。
 この部屋にはカタカタカタというパソコンのキーボードを一心に打ち込む音だけが響き、階下からは重低音を轟かせて生産ラインが澱みなく動いている。
 この時の職場環境は、まさに社長が理想とするかのような静謐さと神聖さに満ち溢れていた。
 
 ――しかし

 思わぬ闖入者の登場により、その静けさは打ち破られた。

「はい、ここがパソコンルームです」

 唐突に扉が開き、ハルちゃん登場。
 その後ろには、蜜に集るアリのような小学生の群れが広がっていた。

「おじゃましま〜す」

 声変わり前特有の甲高い子供の声が大合唱となってご挨拶。

「はい皆さん、こんにちわ、は?」

「こ〜ん〜に〜ち〜わ〜っ!」

 後ろに控えていた先生が生徒たちに挨拶を促す。

「こ、こんにちわ……」

 私は呆気に取られて返事するのがやっとである。
 そうだ、そういえば昼休み、ハルちゃんが地元の小学生たちが社会見学に来る案内をしないと、なんて言っていた。
 そうか、この子供たちは社会見学のために来た子たちらしい。
 そして、小学生でも1年か2年の低学年であるようだ。
 とても先生に従順である。

「ここでは、1階の機械をスムーズに動かすための……」

 ハルちゃんは、そんな純真無垢といった感じの子供たちに仕事の内容をわかりやすく、噛み砕いて説明していた。
 私はと言えば少々呆気にとられたものの、すぐさまモニターに向き直って仕事を再開することにした。
 そう、私には早く帰ってシャイニングフォースをしなければならないという崇高な使命がある。
 こんなところで時間をロスしてはならない!

 カタカタカタカタカタ...

「わー、はやーい!」
「うちのおじいちゃんよりはやーい」


 じいちゃんかよっ!!


 思わず子供の言葉に反応して心の中で突っ込んでしまう私。
 いかんいかん、仕事に集中しなければ!!

「はい、では何か質問があれば手をあげてください」


 「は〜い!!」「はいはいはいは〜い!」


 一斉に全員が手を挙げる。
 だめだ、五月蝿くて仕事に集中できない!!

「はい、じゃあそこの真ん中の男の子」

「えっと、おじさんに質問です!」

「おじさん……」

「そのパソコンで、いちにちになんもじ書きますか?」



 んなもんわかるかーっ!!



 そんなもんいちいち数えられるかぃッ!!
 だが、何か答えねば、納得する回答をしなければならない!

「そうだねぇ、数え切れないほどたくさんの文字を入力します」

 精一杯の返答。しかし質問した男の子は困惑顔であった。
 そんなに具体的な数字で言ってほしかったのか!?
 いや、無理だから! そんなことわかんないから!!

「はい、じゃあ次は後ろの女の子」

 とりあえず質問コーナーは続く。

「はぁい、おじさんはけっこんしていますか?」


 仕事にまっっったく関係ねぇっ!!


「いえ……していません」

「あはははー、してないんだってー」「ほらねー」「やっぱりー」

 後ろで頷きあうなよっ! ほらね、とかやっぱり、とか言うなよっ! しまいにゃ泣くぞ、こんにゃろうっ!

「はい、つ、次はそこの男の子」

 微妙に笑いを堪えながら喋るハルちゃん。
 おのれ、覚えておくからな……。

「おじさんはどれだけきゅうりょうをもらっていますか?」


 言えと!? 子供たちの前で安月給を暴露しろとっ!?


「な、ないしょです……」(←かなり頑張っている)

「えーっ!?」「ないしょかよー」「おとなっていつもさー」

 その一斉にブーイングをあげるのはやめてくれ!? ここはメジャーの球場か!? アウェーなのか!?

「つ、次は、そこの、女の子」(←必死に笑いを堪えている)

「……」(←かなり憔悴ぎみ)

「はぁい、そのぱそこん、もっと近くでみせてもらっていいですか〜?」

 前列にいた女の子は、なぜかパソコンに興味津々。
 身を乗り出して言って来た。

「触らなければいいですよ」

「わぁ〜」「ぼくもみる〜」「わたしも〜」

 一斉に押し寄せる小学生。
 何!? このパソコン、何がそんなにこの子たちを惹きつけるの!?

「みんな〜、触っちゃだめよ〜」

 大事があってはいけないと先生が慌ててみんなに注意する。
 関係ないが、この先生、かなり胸が大きかった。

「こら、押すなよっ!」「いた〜いっ!」「なにすんだよぉっ!」

 押し合い圧し合い、狭い部屋が子供たちいっぱいで溢れ返る。
 さながら満員電車、もしくはライブ会場のような様相に。
 当然、悲劇は起こった。

 ――ぶつん

 一瞬モニターが揺らいだ後、事切れるかのように真っ黒になってしまったモニター。

 ――ぶぅぅぅん……

 低いファンのまわる音が途絶え、沈黙したパソコン。
 誰がやったのかはわからない。
 誰がひっぱったのかはわからない。
 見事にパソコンのコンセントが抜けていた。
 つかパソコンのコードは全て後ろにパソコンの後ろにまとめられているわけで、これを抜くには後ろにまわらなくてはならないのだが……小学生たちは小柄な体格を活かし、机の下からもぐりこみ、いつのまにやらパソコンの後ろにも子供たちがいた。
 恐らくこの後ろにいる子達の誰かがコードを踏んだのか引っ掛けたのか、それとも引っ張ったかしたのだろう。
 だが、誰がやったとかそんなことはどうでもいい。
 これにより、今日頑張ってきた入力したプログラムのほぼ全てが失われ、そして、今現在動いている生産ラインが止まろうとしていたのであった。

 ――がしゃん

 キーボードに顔面を突っ込んで倒れる私。
 終わった。何か色々終わった。

「あ、おじさんしんだー」

 何故だか喜ぶ子供たち。

「ひぃぃ」

 事態に気付き、慄く先生。

「はは、あはは……」

 笑いを絶やさぬハルちゃん。(乾いてるけど)
 様々な騒動と混乱を引き起こし、


 『ありがと〜ございました〜』


 子供たちは満面の笑みを浮かべて帰っていったのであった……。



posted by BlueTasu at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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